みつばの「検事プリンセス」二次小説。
書き下ろし短編。
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Halloween Night(前編)
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「来週末のデートで、あなたとやりたい事があるのよ」
PCの向こう画面にリアルタイムで映っているヘリの表情を見るまでも無い。
ウキウキした声で、テンションが上がっている様子が伝わってくる。
普段なら、そんな彼女を微笑ましく思いながら応対するイヌだったのだが。
「却下」
素っ気なく答えたイヌに、ヘリが唇を尖らせた。
「まだ何も言ってない」
「1ヶ月前から、何度も聞いた案件だろ?」
「じゃあ、話は早いわね」
「ああ、早いな。棄却するよ」
「ちょっと待ってよ。検討の余地もないの?」
「無い」
イヌが肩をすくめた。
「僕は、ハロウィンの仮装パレードには参加しない」
キッパリとした口調で言い切ったイヌに、モニターの向こうのヘリが益々むくれた顔をした。
「あなたは仮装しなくてもいいのよ。私をエスコートして歩くだけでも駄目なの?」
…仮装云々より、イベントそのものに関心が無いんだが。
イヌは小さく溜め息を漏らした。
ハロウィンの日のある週末。
市内の大通りを仮装した人々が、パレードをする。というイベントがあった。
イヌの子供の頃からあった行事だったが、人気が高まり年々参加者も増えているという。
ヘリは、今年、このイベント参加に意欲的で、自前の仮装衣装を手作りしていた。
そんなヘリとイヌとのハロウィンに対する意気込みの違いは、秋の昼夜の温度差より大きいようだった。
「昼のパレードに友達と行くんじゃなかったか?僕のエスコートは必要無いだろ?」
「あなたとは夜のパレードに参加したいのよ。…って聞いてるの?イヌ。あ、今下向いてた。もう。仕事しながら話すなんてひどい」
「仕事はしてない。スケジュールを確認したんだよ。やっぱり、その日は午後からクライアントとの打ち合わせが入ってるな」
「この前予定を聞いた時は、夜から空いてるって言ってた」
「空けてあるとは言ったけど、打ち合わせが何時に終わるか分からないよ。18時からのパレードに間に合わないかもしれない。悪いが1人で参加してくれ」
悪いが、と言いながら、しれっとした態度のイヌに、ヘリが拗ねた素振りを見せた。
「仮装の衣装、昼と夜と違う物を用意してるの」
「ふーん。パレードの後で見せてもらうよ」
尚も関心の薄いイヌに、ヘリが挑むような目つきになった。
「どっちも、スッゴくセクシーな衣装に仕上げたの。もしかしたら本物の狼男から声をかけられちゃうかも」
「……」
ヘリが、イヌの気を引くようにわざと言っている事は分かっていたが、あながち、冗談でも無いかもしれない。
普通に着飾っても、男に声をかけられる容姿のヘリの事だ。
百鬼夜行のような怪しい行列の中で、ドンチャン騒ぎに紛れてヘリにちょっかいをかける輩も現れるかもしれない。
そんな危惧で、夜のパレードに参加するな、とも、セクシー過ぎる仮装はするな、とヘリに言っても無駄だろう。
「…わかった」
溜め息をつき、イヌが渋々の体で言った。
「仕事が終わり次第、合流しよう」
「ええ!じゃあ、間に合ったらパレードのスタート地点、NLスタジオの金の時計台前で待ち合わせね」
途端に、ゲンキンにはしゃいで約束をとりつけるヘリに、イヌは不覚にも釣られて笑みを浮かべていた。
そのイヌの顔を見て安心したのか、いつもは通信画面を切る時に寂しげなヘリが、就寝の挨拶をすると、あっさりとモニター画面から消えた。
ヘリの姿が無くなったPCモニターの電源を落としたイヌは、再び軽い溜め息をつくとデスクの椅子の後ろに背中をもたれた。
無邪気な恋人を増長させるつもりは無かったが、どうしてもいつも甘くなってしまう。
飴とムチを使って、ヘリのわがままを引き締めなくては、と思っても、逆に飴(ヘリの笑顔)と、ムチ(ヘリの悲しそうな顔)を向けられると、結局折れてしまうのはイヌの方だった。
ハロウィンも仮装パーティーも、アメリカにいた時に何度も経験したが、特に心惹かれる物では無かった。
…ヘリにこんな風に強引に誘われなければ、見物だけでよしとする所なのだが…。
そんな事を考えながら、明日の仕事の準備をしていたイヌは、ふと何かを思い出して手を止めた。
『イヌ、今年はハロウィンの仮装パレードに一緒に参加してみないか?』
脳裏に浮かんだのは、あの日の父の声だった。
昔…まだ、父が生きていたころ。
イヌが小学校5年生のハロウィンの月。
仕事から帰った父にそう持ちかけられた時の子供のイヌも、今と同じように全く乗る気の無い返事をしていた。
「毎年仮装パレードは見に行くだけだったのに、どうして今年はそんな事言うの?」
「パレードに父さんの会社の社員で参加する事になったんだよ。家族が一緒でもいい、というから、お前も行くかと思って」
「母さんも行くつもりよ」
イヌの母が横から言った。
「母さんも?」
「ええ。楽しそうじゃない。一度参加してみたかったのよ。みんなでお揃いの衣装を着るのはどう?何かのキャラクターの仮装とか」
「いいね。おとぎ話とか、童話の世界の住人になるのも面白そうだな」
盛り上がる両親を尻目に、イヌはしらけたような苦笑を浮かべていた。
「僕は行かない」
「どうして?イヌ」
「だって、父さんの会社の宣伝みたいなものなんでしょ?だしに使われるのは嫌だ」
「そうだが、衣装に会社名をつけて歩くわけじゃないぞ。それにパレードにはイヌと同じ年頃の社長の娘さんも参加するらしい」
「お嬢さんは、どんな仮装をなさるのかしら?」
「社長の話だと、今年流行ったアニメ映画の中に出てくる雪の王女のドレスを着られるらしいよ」
「まぁ、素敵。きっと凄く可愛いでしょうね。イヌも、王子様の仮装をしてお嬢さんと一緒に歩いたらどう?」
そう言って目を輝かせている母を見て、イヌは…
…そんな格好は絶対しない。
と、心の中でウンザリと思った。
「僕は、仮装にも社長の娘にも興味無いよ」
一番の本音は、万一にでも、パレードを見にきている小学校の同級生達に目撃されて、からかわれたく無かった。
「特別な仮装はしなくていい。実は、イヌがそう言うと思って、用意した物があるんだ」
イヌの父はそう言うと、仕事鞄から、買ったばかりらしい新品のハンカチを取り出した。
黒地の布には、コウモリとカボチャのイラストが総柄で刺繍されていた。
イラストの柄もシックで可愛すぎず、大人の男性が使用してもおかしくないデザインの良質の物。
「あら、素敵だわ」
冷めた目で、父の手の物を見つめるイヌと対照的に、イヌの母は、ハンカチが気にいったようだった。
「デパートのハロウィン関連売り場で見つけて、つい一目惚れして買ってしまったよ。ほら、大判だからバンダナとしても使えるし、こんな風にスカーフにも出来る。ちょっとしたアクセントでいい感じだろう?」
「いい感じよ。あなた。ほら、イヌ、ちょっとつけてみましょうよ」
又二人で勝手に盛り上がる両親前に、イヌは、差し出されたハンカチをやんわりと押しやった。
「いらない」
「そうなの?すごく可愛いのに」
…その『可愛い』なんてものになりたくない。
イヌはそんな気持ちで首をふった。
「僕は留守番してる。テストが近いから勉強したいんだ。今度のテストで、ジュンシクよりいい点取るって決めてるから」
嘘では無かったが、どんな言い訳よりも、説得力のあるものを選んだつもりのイヌだった。
「じゃあ、仕方無いな」
イヌの両親は、ようやく納得したようだったが、少しがっかりした顔を見合わせていた。
「今年は、私達だけで参加しよう」
「来年のハロウィンには、イヌも一緒に行きましょうね」
そんな事を話していた、あの日…。
…母の言っていた“来年”は無かった。
イヌはスケジュール帳のカレンダー、“10月31日”の日付に目を落としていた。
翌年のハロウィンには、イヌの父も母も、この世にはいなかった。
父は、次の年、イヌが小学校6年の春に亡くなり、イヌと渡米した母は、ハロウィンを迎える前に亡くなっていた。
あれから17年という月日がたって…
2012年のハロウィンイベントのパレードの日になった。
…結局、あの日、パレードに出かけていった父と母はどんな仮装をしていたんだったかな?
夕暮れ時。ハロウィン仕様に飾り付けられ、いつもと装いを変えている薄闇色の繁華街。
その中を、クライアントとの打ち合わせが終わり、ヘリとの待ち合わせ場所に向かっていたイヌの横を仮装している人々がすれ違っていく。
そんな人達を横目で見ながら、イヌはぼんやりと過去を思い出していた。
イヌの父が、イヌに買っていたハロウィン模様のハンカチも、あの日以来見ていなかった。
『行ってくるわね。イヌ』
部屋でテスト勉強をしていたイヌの背中に、父とハロウィンパレードに行く母の声がかかったが、勉強に集中していたイヌは『うん』と、生返事を返していた。
両親との会話やハンカチの柄はしっかり覚えているのに…。
『どんな仮装衣装かって?それは内緒よ♪会うまで楽しみにしててね。イヌ』
昔の回想から、今度は先日のヘリの会話が蘇った。
パレード参加はともかく、ヘリがどんな仮装をして現れるのかは、確かに楽しみではあった。
『セクシーに仕上げたのよ』
…少々心配な部分もあったが…。
はやる気持ちで、
ヘリとの待ち合わせ場所まで近道をしようと、イヌが細い裏通りに入って、しばらく歩いたところで、ふとイヌは脇道に意識を向けた。
人通りの少ない道の建物の影で、数人の怪しい人影が蠢いていた。
みな、ハロウィンの仮装のような格好をしていた。
声高な会話で、酒に酔っている者もいるような事はわかった。
…盛り上がっているな。
仲間うちでイベントを楽しんでいるのだろう。
最初は、そう思いチラリと目視して通りすぎようとしたイヌだったが、聞こえてきた会話に不穏な空気を感じとって足を止めて振り返った。
「なんだ。これだけかよ」
「今日は持ち合わせが少ないんだ」
怯えたような男の声。
「金は全部出したから、もう勘弁してくれよ」
「待てよ。携帯電話もよこせ」
「いやだ」
「おいおい。その頭から流してる血の演出を本物にしたいか?」
座りこんだ一人の男を数人が取り囲んでいる。
どうやら、仲間で遊んでいるわけでも、ハロウィンイベントを楽しんでいるわけでも無いようだった。
少なくとも一人は。
…ハロウィンの夜に紛れて、妖怪よりたちの悪い奴が出たな。
イヌは小さく溜め息をつくと、トラブルの方角に足を向け歩いていった。
(後編に続く)
ハロウィンイベント話。
携帯電話更新。
書き下ろしですが、久しぶりの本編イヌ×ヘリ。
近況はまだ書けませんが、リアル更新で、みつばは生きてますって報告もかねてアップしました。
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