「検事プリンセス」みつばの二次小説、携帯更新。
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嘘つきは恋の始まり(前編)
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今日が、その日だとヘリが気づいたのは、検察庁に出勤してからだった。
廊下で出会って、朝の挨拶を終えたチェ検事が、
意味ありげにヘリに耳を貸すようにジェスチャーした。。
「じつはさ…マ検事。ここだけの話だけど。ナ部長が結婚するらしい」
「えっ?ナ部長が?」
「しっ。他の人には黙っていてくれよ。部長が折りを見て自分からみんなに話したいらしいから。よろしく頼むよ」
「わかりました」
チェ検事の念押しに頷いて、ヘリは指で了解ポーズを取って見せた。
…ナ部長が結婚されるのね。
ちょっと驚きだけど、おめでたい事だわ。
ヘリはチェ検事の話を素直に鵜呑みにしていた。
しかし、昼休み時間、
ヘリがいつものように、刑事5部のメンバーとランチを食べていた時の事。
雑談が途切れた頃合いを見て、コホン…。と、おもむろにナ部長が咳払いをして皆の注目を集めた。
「あ~…、じつは、みんなに一つ言っておくことがあったんだ」
「なんですか?」
ナ部長の近くに座っていたイ検事が不思議そうな顔で箸を止めた。
ユン検事とキム検事も、何だろう?という表情で、ナ部長を見つめている中、
ヘリは、これは朝聞いた話かもしれないわ。と、ワクワクしながら、隣に座っていたチェ検事の横顔をチラリと見た。
「じつはな。近々、この部内のメンバーの一人が結婚する事になった」
ほら、マ検事。と言うような、チェ検事の目配せに、ヘリは頷いて、「おめでとうございます!」と勢い良くナ部長に言った。
「え…あ、ああ」
ヘリの勢いにのまれて、戸惑っている様子のナ部長にヘリがたたみかけた。
「それで、お相手はどんな方なんですか?」
「それは、弁護士じゃないのかな」
「弁護士なんですか?部長、いつからお付き合いされてたんですか?」
「いや、それは分からん。」
「分からんって、どうしてですか?」
「詳しい事は聞いてないからだ」
「聞いてないって、ご自分の事なのに?」
「…マ検事。一体誰の話をしている?」
「部長こそ、結婚するのは部長じゃないんですか?」
「私がか?」
話が噛み合わなくなり、お互い怪訝そうに顔を見合わせるナ部長とヘリに、チェ検事の失笑が聞こえた。
部のメンバーの視線をあつめたチェ検事は、息も絶え絶えの調子でひとしきり笑った後、「エープリルフール!!」と言った。
「あ~。エープリルフールですよね」
キム検事が呆れ顔で言って、「なるほど」と、イ検事が納得したように頷いた。
何も言わないユン検事も微かに口元に笑みを浮かべていた。
一人、まだキョトンとしているヘリにチェ検事が「だから、嘘なんだよ。今日はエープリルフールの日だからね」と、楽しげに説明した。
「嘘なんですか?ナ部長が結婚されるという話」
…みんなは知ってたの?
周囲を見渡すヘリに
「この話、真に受けたのはマ検事だけだよ」
と、イ検事が面白そうに言い、
「私も朝チェ検事から聞かされましたけど、嘘だってすぐに分かりましたよ」
と、気の毒そうにキム検事も言った。
…ユン先輩も?というヘリの視線にユン検事が、軽く微笑んだ。
「今日がエープリルフールデーということを朝思い出したよ」
ヘリをフォローするつもりで言ったユン検事の言葉だったが、ナ部長は、
『ブルータス、お前もか』
と言いたげな表情をユン検事に向けた。
「…私の結婚が分かりやすい嘘だという話なのは、よく分かった」
「それで、結局誰が結婚するんですか?」
不穏な空気になりかけたナ部長に取り繕ってイ検事が聞いた。
「どうせ、それも嘘だろう。チェ検事から聞いた話だからな。…マ検事が結婚すると」
「私がですか!?」
ヘリが驚いた声を上げたのを見て、ナ部長がため息をついた。
「…騙されたな」
「騙されても仕方ないですよ。部長」
「そうですよ。マ検事ならあり得る話ですから」
「嘘じゃないかもしれません」
ナ部長を慰めているようで、先ほどのナ部長の結婚話と明らかに違う皆の反応は、ただ余計に墓穴を掘ったようだった。
「…私の結婚話は分かりやすいくらい嘘っぽいからな」
憮然となって、拗ねた口調のナ部長に、一同がチェ検事に責任を取れ。という風に目を向けた。
「すみません、部長。悪かったよ、マ検事。でも、エープリルフールだから、ここは笑って欲しいな」
慌てて言ったチェ検事に、ナ部長はしぶしぶ頷いて、ヘリは苦笑で返した。
「でもさ、エープリルフールって、嘘をつくのは楽しいですよね」
イ検事の言葉にキム検事が「そうですか?」と反論した。
「エープリルフールと言っても、ついていい嘘と悪い嘘はあると思いますよ。相手によってシャレにならない嘘もありますから」
と、再びナ部長の前でシャレにならない会話をぶり返しそうなキム検事に、
ヘリが慌てて「キム検事は今日何か嘘をついたの?」と聞いた。
「私は友人に、恋人を紹介するってメールを送ったのですけど、エープリルフール!!って返信をもらいました。」
と言ったキム検事に、「バレバレの嘘をつくなよ」と、イ検事が、突っ込んだ。
「じゃあ、イ先輩は誰にどんな嘘をついたんですか?」
「僕は、ネットの自分のサイトに分かりやすいエープリルフールネタを書き込んだよ」
「…それ、とても楽しそうですね」
イ検事とキム検事のいつものような掛け合いを微笑ましく見ていたへりに、チェ検事が、「マ検事は?」と聞いた。
「私はまだ、誰にも何も言ってません」
今日がエープリルフールの日であることをすっかり忘れていたへりだった。
…知っていても、誰かを騙せるほど上手く嘘がつけたかしら。
そう思ったへりを茶化すように、チェ検事がニヤニヤした。
「どうせ、マ検事は彼氏に嘘をつくつもりなんだろ?」
「え?」
「“私、他に好きな人が出来たの~”なんて、どう?彼氏の反応が楽しみじゃないか?」
「あっ。それ面白そう!!マ先輩、そうしましょうよ」
へりの意向を無視して、勝手に盛り上がるメンバーに、ヘリは引きつった笑みを浮かべた。
脳裏に、イ検事の提案したエープリルフールネタを恋人…ソ・イヌにした所を一瞬想像しただけでヘリは身震いした。
…反応が楽しみ?…むしろ恐ろしいわ。
面白そう?それって、遊園地のお化け屋敷に入るくらい面白い事でしょうね。
いろんな意味で、それ以上考えたくなくなったヘリは、このネタを頭の中で棄却した。
「ユン検事は?」
ナ部長の言葉に、一同が一斉にユン検事を見やった。
「こういう日だから、特別に何か我々に冗談でも言う気はないか?」
…部長、ムチャぶりを。
皆が息をひそめて見守る中、ユン検事が渋い顔で、ため息をついた後、重々しく口を開いた。
「私は、妻と別居してました」
シーンと、場が凍りついたように静まり返ったが、次の瞬間、笑い声に包まれた。
「ユン検事、それって本当の事だろう」
「真面目な顔で言うから焦っちゃいましたよ」
「そんな顔で言われたら嘘か本当か分からんな」
大笑いする面々に、ユン検事も笑顔を浮かべていた。
「では、せっかくだから、私も一つエープリルフールネタを披露するかな」
そう、ナ部長が言って、すっかりくだけた雰囲気に包まれていた一同は冷やかし半分に拍手した。
「来年度の人事だが、刑事5部の誰かは遠い所にとばされる事になる」
「またまた~。部長」
「エープリルフール!!」
やんや、やんやとはやし立てる部下達と「ハハハ」と一緒に笑ったナ部長は、
「…明日には本当になるかもな」と低い声色で付け足して、
…エープリルフールネタは当分根にもちそうだ。と、
その場にいた全員をシャレにならない雰囲気にさせてランチ会を終了させたのだった。
それからのヘリはというと、
ナ部長のエープリルフールネタも頭から締め出して仕事にうち込んでいた。
そして、就業時間を終える頃、誰にも嘘をつかないまま、エープリルフールの日も残り数時間になっていた。
…イヌも、今日がエープリルフールだって忘れているのかしら?
その日のヘリの携帯電話には、まだイヌからのメールも留守番電話も入っていなかった。
もし、エープリルフールだと気づいていたら、イヌは間違い無く何かしら仕掛けてきそうだった。
しかし、仕事で多忙にしているイヌの様子を知っていたへりは、
知っていても、そんな余裕が無いのだろう、とすぐに察した。
…住んでいるのがあんなに近いのに、会う時間も無いんだもの。
ここ最近の連日、仕事に行ったイヌの帰宅時間は遅かった。
へりが寝る時間になっても、イヌがまだ帰っていない日もあった。
それでもイヌは、1日の終わり、ヘリの就寝前には必ず連絡をくれた。
「お疲れ。おやすみ」
短い会話の後、互いに、携帯電話でそう伝えるのが日課になっていた。
おそらく、今日もイヌはクタクタに疲れて帰宅することだろう。
そんなイヌが、せめて、電話する時、楽しくなるような嘘をつきたいと思ったへりだったが、そんなネタは何も浮かんでこなかった。
…嘘は嘘だもの。
いいことなら嘘と分かれば、がっかりするし、悪いことなら、信じた時嫌な気分になっちゃう。
ついていい嘘なんてあるのかしら?
そんな事を考えながら歩いていたへりは、
ある事を思いついて、検察庁の駐車場に向かっていた足を止めた。
…こんな嘘なら…。
へりは、携帯電話を取り出すとイヌにかけた。
『はい。ソ・イヌです』
数コール後、電話に出たやや固い応答で、イヌがまだ仕事中だと分かったへりだった。
『へり、どうした?もう寝るのか?』
それでも、そう優しく問いかけてくれるイヌの声に、
ヘリの胸がキュウと切なく締め付けられた。
「あのね」
つとめてヘリは明るい調子で言った。
「イヌの部屋のシャワーを貸して欲しいの。実はね、今、私の部屋のシャワーの調子がよくなくて。だから、部屋に行ってもいい?」
もちろん、嘘だった。
イヌに嘘が見破られないか、ドキドキしながらヘリは一気にしゃべった。
ヘリの心配は杞憂に終わったようだった。
『いいよ』
イヌが何の疑いも無く快諾した。
『僕はまだ職場にいるけど、部屋のドアの暗証番号を解除して入って。番号は分かるよな?』
「ええ。ありがと。…あなたの帰りは今日も遅くなりそう?」
『そうだな。まだかかりそうだから、今日中には帰れないだろう』
予想はしていた答えだったが、ヘリは、会えない寂しさより、
激務をこなしているイヌの体を思いやった。
「そう。わかったわ。シャワーを浴びたら部屋のロックをかけて帰るわね。お疲れ様。イヌ。お休みなさい」
『ああ、君も。お休み』
イヌとの通話を切ったヘリは、車に乗り込んだ。
車を走らせて、向かった先はマンションでは無く、繁華街のスーパーマーケットだった。
ヘリはそこで、いくつかの食材を買い物のカートの中に入れていった。
そして、ふと、あるコーナーの一角で山積みになっていた食品に目をとめた。
それは、とくに何の変哲も無い、巷に溢れているインスタントラーメンだった。
しかし、ヘリにとっては、何かと思い出深い物だった。
初めて一人暮らしで、イヌから教わった『料理』であり、自分とイヌの部屋で一緒に食事したラーメン。
『あなたの家にラーメンはある?お腹ペコペコなのに、うちには水しかなくて』
ラーメンを作っておきながら、へりが、イヌに電話をかけて、そう聞いた日。
…思い起こせば、イヌに嘘をついたあの日に気づいたのよね。
自分の本当の気持ちに。
私がソ・イヌを友達以上に好きなっているってことに。
ヘリはラーメンの袋を手に取って感慨深く見つめながら、
しばらくぼんやりと過去を振り返っていた。
(後編に続く)
「夢桜」前後のエープリルフール話です。
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