韓国ドラマ「火の女神ジョンイ」の二次小説「永遠の器」の3話です。
最終回のラストからの続き、としてお読みください。
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お願い」を一読してください。
「火の女神ジョンイ」最終回、ラストの方のあらすじ。
王の次男、光海君と、宮中の陶器製造施設「分院」の女陶工職人、ユ・ジョン。
身分違いでありながら、幼い頃に出会った時から惹かれあい、密かに想いあっていた二人。
倭国との戦の中、光海君は世子となり戦場に赴く。そこで初めて、光海君に自分の想いを伝えるジョンだったが、分院の仲間を救う為に倭国に行くことを決め、一人国を去っていった。ジョンを必死に追った光海君だったが、ジョンはすでに船出した後だった。
永遠の器(3話)千代は、自らを『光海君』と名乗る男を、ただ茫然と見つめて突っ立っていた。
そんなはずは、無い。
そんな事があるはずがない。
だって、あの方はあの国の王で…いや、もう王で無いと噂で聞いたけれど、
それでも、この国に来ることなど出来ないはず。
混乱した考えの中で、千代はおののきのあまり、じりっと後ずさった。
「ジョン」
青ざめた顔の千代を、男が再びそう呼んだ。
「どうした?私を忘れてしまったのか?いや、それもそうか。
もうずいぶん長い時間がたってしまったからな」
「いいえ」
千代は無意識にかぶりを振った。
…私があの方を忘れるわけない。
「ただ、信じられないのです。覚えている面影があっても、あの方がこんな場所にいるはずがないから。
私には貴方が本当にあの方なのか分からないのです」
「そうか…」
男は、少し首をかしげ、思案する素振りを見せた後、
自らの懐の中に手を差し入れると包を取り出した。
そして、それを千代の目の前で開いた。
…これは?
不思議そうに見つめていた千代の目が丸くなった。
布に包まれていたのは、小さな陶器の破片だった。
一見、なんの変哲もない陶器の破片のように見えた。
ただ、小さな刻み文字が見てとれた。
光海君の名が刻まれた破片。
その文字に見覚えがあった。
「これは、私が、光海君さまに差し上げた…」
「覚えていたか」
男は千代の言葉に嬉しそうな顔をした。
「そうだ。そなたが、昔私に作ってくれた初めての器だ」
「ずっと持っていて下さったのですか?」
「ああ」
男は、手の中の小さな陶器の破片を大切そうに指でなぞった。
「こんな形になっても手放すことは出来なかった」
戦の最中も。
世子になっても。
王になっても。
ただ一つのジョンの忘れ形見を、光海君は大事に持っていた。
しかし、激流のような世情の中で、まるで光海君の運命を表したかのように、
ある日、ジョンの器はくだけ散ってしまった。
「そなたからもらった器が砕けた時、私の中でも何かが壊れてしまった気がした」
そう言って、
男…光海君は、その当時を思い出したように、苦しげに吐息をつき目を伏せた。
「それから、そなたへの想いを封じこめ、感情を失くし、ただ、ひたすら国のために自分に出来ることをしてきた…もう何もかも戻らないのだと。欲するものは手に入ることは無いのだと、自分に言い聞かせながら」
瞳を閉じた光海君。
千代には、その顔に刻まれた皺と、髪に混じる白髪が、光海君の重ねた苦悩の年月の証のように見えた。
千代の知らない光海君の過ごした年月。
手の中の器の欠片が、そんな光海君を見ていたのだろうか。
あの器は、ジョンと光海君しか知らない絆で、
それを持っているということは、男が光海君であるという証だった。
男の正体が光海君だとようやく確信した千代は、
「光海君さま」と、小さく震える言葉を発した。
「そなたに、そう呼ばれるのも久しぶりだな」
千代の声に、光海君が微笑んだ。
「あれから、知らない土地にいきなり連れてこられ、辛い思いを沢山してきたのではないか?」
光海君は千代を労うように聞いた。
千代は首を振った。
「辛いことはありました。でも、器を作り続けることができました。
私には、それだけでも幸せでした」
光海君は、「そうか」と言うと、優しく目を細めた。
「そうであるなら、良かった」
「光海君様は…」
千代は、ちょっとためらった後続けた。
「辛い思いはなさいませんでしたか?お元気でいらっしゃいましたか?」
千代の問いに光海君はふいっと目を逸らした。
「私が一番辛かったのは、そなたが約束を破って行ってしまったことだ。
それで元気だったと思うか?」
その横顔は怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。
そして、光海君の拗ねたような声色の響きに、千代は返答につまった。
…やっぱり、あの時の事をずっと許してくださらなかったのだわ。
本当は、少し意地悪と言いたかっただけの光海君だったが、
申し訳なさそうに、身を小さくしてしゅんとしている千代が可愛くて、
光海君は、千代に気付かれないようにこっそりと口の端を上げた。
「辛いことはいっぱいあった。思い出したくないほどな」
一瞬遠い目をした光海君だったが、目の前の千代の方に向き直ると、
うつむき加減だった千代の視線を自分に向けさせた。
「でも、そなたを思い出す時だけ、私は幸せな気持ちになれた。
そして、そなたがしてくれた事のために、私は元気であらねばならないと思っていた」
国のために出来ることを。
民のために出来ることを。
せいいっぱい自分に出来ることをして、
この地で生きることが、あなたを想うこと。
再会の約束をした頃の光海君と変わらない真摯な眼差しに、
千代の胸がドクンと高鳴った。
世子でも、王でもない。
もう、あの頃の光海君では無いというのに。
工抄軍でも沙器匠でもない。
もう、あの頃の分院のユ・ジョンでは無いというのに。
これだけ長い年月がたったというのに。
見つめ合う二人の間に流れる空気は、あの頃と同じもののように感じた。
「私の果たす役目はもう全て終わったのだ」
「では、流刑の島にいる方は誰なのですか?」
「私の影武者だ」
「影武者…」
「世子になって間もなくの頃だった。
私の暗殺を危惧した一部の側近しかその存在は知らない。
影武者になった男は、倭国との戦で私に恩があるから、と志願した者で、
その後、ずっと王を退くまで、政事以外は私につくしてくれた。今私の代わりとして存在しているのは、その者だ」
それでも、島を離れ、国を出ることは容易では無かった。
倭国と取引のある商団の権力者と懇意になり、
別人となって、職人の一人として渡航することが叶うまでには
長い時間を要した。
そんないきさつを、光海君はかいつまんで、千代に話した。
商団の権力者という者が、“光海君”に恩があると言っていたが、集落に光海君を連れてきた、あの長なのだろう。
簡単に話している光海君だったが、それこそ、どれほどの苦労があったのだろう。
「そんなに大変でしたのに…」
想像しただけで、思わずため息をもらした千代に光海君は続けた。
「そんなに大変だったが、この器を直すことが出来るたった一人の人物を追って、私はこの地に来たのだ」
光海君は言った。
「過ぎた時は戻らない。割れた器の破片はほとんど無く、
再び同じ姿に戻ることは出来ないだろう。どんなに素晴らしい腕をもった沙器匠でも。
ただ、もし、これを作った人物が今でも同じ心ざしと想いでいてくれるのなら、
私にもう一度器を作って欲しい。
その答えを聞きたくて、そのためならどんな苦労も惜しまない。そう思って生きてきたのだ。ジョン。そなたに」
王座を退いた日から。
ただ、もう一度、一目まみえて、その答えを聞くためだけに。
光海君の言葉に、千代は目を思わず身震いした。
もう光海君の顔を直視できなかった。
光海君の想いが、眼差しが、あまりにもまっすぐで、
あまりにも熱くて。まぶしくて。
若かったあの頃の時のように、千代の胸は高鳴り、
恍惚とした眩暈すら覚えていた。
「ジョン」
目をそらし、黙って突っ立っているだけのジョンに光海君がもう一度呼びかけた。
「返事を聞きたい。
私は、もう十分すぎるほど、この時を待っていたのだ。
答えて欲しい。そなたは、もう私をあの頃のようには想ってくれないだろうか?
もし、そなたに、もう伴侶がいるのなら、私は諦めて、この地を去ろう。
ただ、そうでないなら…」
…答えてくれ。ジョン。
「光海君様・・・」
千代は、震える唇で言葉をようやく紡いだ。
「光海君様は、さきほど、私を想う時が幸せの時だとおっしゃって下さいました」
「ああ」
光海君が頷いた。
「私は…」
千代はコクリと息を飲んで続けた。
「私は、この地で光海君様を思い出す時が辛かったです」
光海君は千代の言葉に驚き、そして悲しげに目を伏せた。
「そうか…」
それがジョンの答えだと解釈した光海君は肩を落とした。
「自分には、支えのような想いだったが、そなたには負担だったのだな」
「違います」
千代が勢いよく首を横に振った。
「辛かったのは、光海君様に会えなかったからです。
思い出すたびに光海君様に会いたくて、話したくて。
でも、会えないことが辛くて。それでも、光海君様を忘れることが出来なくて。
ずっと。ずっと。だから、ただ、一心に器を作っていることが、私の支えだったのです」
いつでも、何かあっても、悟ったように落ち着いていたように見えたジョン。
秘めた想いも、悩みも、全部自分の中で答えを導いてから、打ちあけていたように見えた。
そんなジョンを、光海君は、時に尊敬し、時に寂しく思っていた。
しかし、今目の前にいる千代は、声を震わせて感情を露わにしていた。
あの頃でさえ、こんな風に気持ちをぶつけるように話した事は無かった。
光海君への想いをどれだけ、器に注いで作ってきただろう。
この想いを証明することなど出来はしない。
言葉など、無意味のように感じるほど長い年月と離れてしまったお互いの道の先で。
ようやく再会できたというのに。
上手く伝えられないことが、もどかしくて、
千代は光海君を見つめながら、己の着物の袂をギュッと握りしめることしかできなかった。
「私と、同じ想いでいてくれたのだな?」
光海君の声も少し震えていた。
「はい。それは、あの時から変わりません」
「今も?」
「この瞬間も。光海君様にときめいています。
それに、私には、この地に伴侶はおりません」
ほっと安堵したような吐息が光海君から漏れた。
そして、遠い旅路の果てで、ようやく安息の地を見つけたような顔になった。
「ジョン。そなたに、積もる話が沢山ある」
「私もです。聞いて頂きたい話がいっぱいあります。帰路では語りつくせないほど」
「うむ。でも、もう時間はたっぷりある。
そなたと一緒にいられる時間が。これからはずっと」
「ずっと、ですか?もう、私はこれからも光海君様のお側にいられるのですか?」
「いや」
光海君は首を振った。
「私がそなたの側にいるんだ。私が私である限り。これからもずっと」
「もう、離れたりしませんか?」
「いつも勝手に離れていったのはそなたの方だろう」
光海君はようやく屈託のない笑顔を千代に見せた。
「私はもう自由だ。これからはそなたがどこに行こうが、必ずついて行く。
命をかけてこんな所まで追ってきたんだ。これから覚悟しておくことだな」
昔と変わらない、懐かしい光海君の口調に、千代の中のジョンが切なく、甘い気持ちに支配された。
「…夢なら醒めないで欲しいです。もうずっとこのまま夢を見ていたいです。
光海君様」
そう言って、今にも泣きだしそうに、震えている千代をしばらく見つめた後、
光海君はそっと手を伸ばした。
そして、千代の両手を取ると、己の手の中に包みこんだ。
「夢じゃない。ほら私はここにいる。…ジョン」
年を経た光海君の手は、大きく、固く、国を背負った年月の苦しみが皺となって刻まれていた。
光海君の握ったジョンの手も、土をこねてきた長い年月が刻まれ
節張り荒れて、かさついていた。
それでも、触れた手から、離れていた年月の想いが伝わり合うように感じた二人だった。
そして、ずっと触れたくて、でも、触れられずにいた手を、光海君と千代は互いに愛おしむように、優しくなで合わせた。
「ようやく、触れられた」
感慨深げな吐息まじりの光海君の声にジョンは何度も頷いてみせた。
「もし、こうやって触れられたら、あなた様にして差し上げたいことが沢山あったのです」
それは、分院では、かなう事のない夢だった。
「たとえば?」
「たとえば、汁飯を作ってさしあげたり、衣服を洗ってさしあげたり…他にも…いろいろ」
千代は照れたような笑みを浮かべ、
光海君はわざとらしい咳払いを一つした。
「全部してもらおうかな。勝手に去って、私を悲しませた罰として」
「罰というより、褒美です。私の夢でしたから」
千代が言った。
「まずは、新しい器を作ってさしあげたいのです。
以前のように器に名をいれて…。」
光海君は、そっと千代の手を離すと、再び、割れた器の欠片を千代の前で手にとった。
器に刻んだ名はほとんど見えずにいた。
その欠片を二人でしげしげと眺めた後、光海君は言った。
「もう、あの国の名前の私はいない。そなたもジョンでは無い。
でも、私には、そなたがジョンであっても、千代であってもいい。
そなたが、そなたでいてくれればいいのだ。そなたはどうだ?
光海君でも、世子でも無い男で良いか?」
今度は千代が光海君の手に触れた。
そして、光海君の手の欠片ごと両手に包み込んだ。
「私も。私も、あなたが何者でも良いのです。
あなたがあなた様であってくれたら、それで」
千代の想いは光海君に伝わった。
光海君が千代の耳元に顔を近づけた。
そして、新しい名を囁いた。
光海君の言った名は、倭国の名だった。
「これが、これからの私の名だ。千代」
「…はい」
もう、光海君と呼ぶことは無いだろう。
光海君も千代をジョンと呼ぶことは無い。
お互いの中に、光海君とジョンを封じたまま、
新しい二人で生きていこう。
そう誓い合うように、
二人は、器の欠片を挟んで重ねた手を握りしめた。
そして、互いに、見つめ合い、頷き合った後、
欠片を持っていた手を高く掲げ、山の中腹の方に投げ入れた。
器の欠片は大きく弧を描くように飛び、
夕日の光を浴びて一瞬煌めいた後、草むらの影に消えていった。
後悔は無い。
今、ここにある互いの存在だけがすべてで、
これからの未来が、希望なのだから。
「さて…、では、今夜の夕餉はさっそく汁飯を作ってもらおうかな。
そなたの好物だったものだから、今でも作れるであろう?」
「汁飯はまた明日にでも。今夜は、あなたの歓迎の宴を開こうと、皆で今ごろ準備してるころです。」
「皆…。そういえば、私とそなたの関係を集落の皆にどう話したらいいか考えていたんだが、生き別れた夫ということでいいな」
「ええっ?」
「なんだ、その反応は?嫌なのか?」
「嫌じゃ…ないですけど。その、祝言もあげてないのに…」
「祝言は今夜あげればいい」
「そんなっ。もう。からかっていらっしゃるんですね。どこまで本気なんですか?」
戯言を言って、笑い合い、
手をつなぎ寄り添って、集落に向かって歩く二人。
その二人を追う美しい夕日。
夕日は、まるで器を焼く窯の火のようだった。
とろりとした情熱の残り火の中で、
二人の姿は長い影となって、はるか遠くまで伸び、
やがて、夜の帳の中に溶け込むように静かに消えていった。
―――そして、かの国から、つながった海と空のかなたの国で・・・。
「…オ・グッピ…オ錬正(ヨンジュ)」
自分の名を呼ぶ声で、グッピは微睡から目覚めた。
「こんなところでうたたねをしていると風邪をひくぞ」
目を開けたグッピをシム・ジョンスが心配そうな顔で見下ろしていた。
(最終話に続く)
お待たせしました。
「火の女神ジョンイ」二次小説の続きです。
現在、前回の記事への拍手コメント22件。
昔から覚えのある方も、初めてコメントを書いてくださった方も沢山いらっしゃって。
本当に沢山の方に今も読まれていて、創作を楽しみに待ってもらっているということを
改めて知りました。嬉しいです。非公開なのに、書いてくださってありがとう。
初めてコメントを送ってくださってありがとう。ずっと支えてくださってありがとう。
長い間読んでくださってありがとう。楽しみに待ってくださってありがとう。
励ましてくださってありがとう。
メッセージを送って下さった方もありがとうございます!
メールに長い間気づけず、お返事が遅くなってごめんなさい。
コメントを書いてない方も。訪問して読んで下さってありがとう。
おひとりずつに返事を書けませんが、とても感謝してます。
「火の女神ジョンイ」の続きを楽しみにしてくださっている方。
次回で最終話です。みつばのジョンの最後の話を見届けてください。
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