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※「検事プリンセス」ファンの方、
「みつばのたまて箱」の「検事プリンセス」二次小説を読んでくださった読者様へ


お久しぶりです。
しばらく「検事プリンセス」の二次創作は休止状態でした。
その間、いろいろなことがあったのですが、それとは別の理由で、
みつばは、今、このブログ自体を終活に向けて整理させて頂いています。
ずっと二次小説シリーズの続きを楽しみに待ってくださっていた方には、大変申し訳ありません。

今の心残りは、未完や未公開状態の二次小説のプロットを誰にも知られずに消してしまうことです。
休止していた間にもコツコツと書いていた二次小説。
未完なので、公開はしていなかったのですが、残存しているデータを最後の日までに、ちょっとずつでも公開して、いつか訪れるかもしれない、ドラマファンの方に見て頂けたら嬉しいな。という思いです。

「MISS YOU」は、「聖夜の祈り」の後。更新予定だった番外編の物語になります。

ソ・イヌ(ソ弁護士)が13歳(12歳)の時と義父になるジョン・リー(みつばのオリジナル設定)との出会い。
そして、「聖夜の祈り」の裏側の事情や物語も描く予定でした。

その1話(序章部分)をせめて残しておきます。
更新予告とそのイラストはこちら


韓国ドラマ「検事プリンセス」の二次小説
「MISS YOU」(1話)です。

二次小説は、ドラマ最終回16話以降の続きをみつばが、勝手に妄想したお話ですが、
ドラマのネタバレ等も含んでいますので、現在ドラマを見ている方、
これからドラマを見る方はご注意ください。

みつばの「検事プリンセス」の他の二次小説のお話、コメント記入は、
検事プリンセス二次小説INDEX」ページからどうぞ。

このブログに初めていらした方、このブログを読む時の注意点は「お願い」を一読してください。



MISS YOU(1話)


『ジョン・リーさんですか?キム・ミョンスクさんの緊急連絡先にあなたのアドレスがあったのでご連絡いたしました。ミョンスクさんが…』

警察からの電話で、ジョンは上着を着ることも忘れて、車のキーを持つと家から飛び出した。

まだ夜も明けきっていない時刻。

車通りもほとんどない薄暗い道を、ジョンは電話で聞いた警察病院へと車を走らせた。

建物につくと、応対した女性警官に案内されたのは、霊安室だった。

寒さとは違うところから来ている震えを抑えながら、
ジョンは、警官に促されて部屋の中に入った。

目の前に横たわっている人物。

警官が、その上を覆う白い布を取り外した。

「ああ…。」

とっさに手でおさえた口から
呻きのような声がジョンから漏れ出た。

…ミョンスク!

ここにくるまで、横たわっている人物をはっきり確認するまでは
信じられずにいた現実がそこにあった。

電話で、キム・ミョンスクは交通事故にあって、即死状態だったと聞いていた。

しかし、その顔は綺麗だった。

白く生気のない肌と唇。
まつげが凍りついたように動かない閉じた瞳。

まるで眠っているかのような姿。

「おそらく車に接触した時に、頭部を強打し、首の骨も折っています。
頭以外に外傷はほとんどありません。即死で苦しむことも無かったでしょう」

まるで慰めるように伝える女性警官の言葉も、ジョンの耳に入らずにいた。

震える手でそっとミョンスクの頬に触れた。

冷たい肌も、低気温の中上着も着ずにかけつけたジョンの手よりもまだ温かみが残っているようにさえ感じた。

「ジョン・リーさん。キム・ミョンスクさんとはどのような御関係ですか?」

気遣いながらも事務的に聞く警官にジョンは「友人です」と答えていた。

「緊急連絡先にするほどの?」

警官の何か含みのある聞き方に、ジョンは虚ろな表情でうなずいた。

「彼女は、学生の時ニューヨークの大学に留学していました。
その時からの親友です。数か月前に韓国からこっちに移り住みましたが、
知人がほとんどおらず、頼れるのは私ぐらいだったのでしょう」

「なるほど」警官は書類に何か書きこんだ後、
まだボンヤリとミョンスクを見つめて佇んでいるジョンの背をそっと撫でた。

「親しい方を亡くされて、辛いお気持ちをお察しします。
ジョン・リーさん。ところで、ミョンスクさんの息子さんのことはご存じですか?」

ミョンスクの息子と言う言葉でジョンはハッと面を上げた。

「そうだ。ミョンスクの子ども…。知っています。会ったこともあります。
彼は今どこにいますか?」

「彼もここに来ています。ミョンスクさんが事故に合われた時、近くにいたそうです」

「彼が事故現場に?」

「こちらです」

警官がジョンを霊安室から少し離れた部屋に案内した。

ノックすると中から別の男性警官が顔をだした。
そして、ジョンの顔を見、女性警官から身元を説明されると頷いて、部屋のドアを開けた。

「ソ・イヌ君。お母さんのご友人が来て下さっている」

警官の呼びかけにも返事が無かった。

ジョンはそっと部屋の中に入って、奥に目を凝らした。

パイプ椅子に深くうつむいた少年が座っていた。

目の前のテーブルの上にカップが置いてあった。
手づかずのミルクは冷めているようだった。

「イヌ君?」

ジョンが呼ぶと、少年の肩が少し動いた。
そして、ゆっくりと顔を上げてジョンを見た。

うつろな表情の中で、暗い瞳がジョンを捕えて、ほんの少し揺れ動いた。

「イヌ君。ジョン・リーだ。お母さんと一緒に会ったことがあるね。おじさんのこと覚えているかい?」

イヌが微かに頷いた。

その反応にジョンが内心少し安堵した。

「お母さんのことは……」

そこでジョンは言葉を止めた。

…目の前の少年に何と声をかければよいのだろう。
こんなにショックをうけている様子の彼に。
私は何を言えばいいのだろう。

ジョン自身、まだミョンスクの死を受け入れられずにいた。

イヨンは、言葉を飲み込んだまま、ただそっと目を伏せて、イヌに哀悼の意を示した。

イヌはジョンの顔から目を逸らすと再びうつむいた。

その姿に、ジョンはたまらない気持ちになって、
気付くと、イヌに駆け寄ってその身体を思わずギュッと抱きしめていた。

イヌは、なんの言葉も発せずに、ただジョンの抱擁を受け止めていた。

しばらくそうした後、ジョンはそっとイヌの体から離れた。
イヌは、先ほどより余計に顔をふせ、その表情はうかがいしれなかった。

部屋の中にいた男性警官が、女性警官にアイコンタクトを取ると、
持ち場をまかせて、ジョンを促して部屋の外に出た。

「ジョン・リーさん。キム・ミョンスクさんの古くからの御友人なんですよね?息子さんのことはどこまでご存じですか?」

「彼が生まれた時から、ミョンスクから話を聞いています。と言っても、時々していたメールでですが。イヌ君に実際に会ったのは、ミョンスクと彼がニューヨークに来た数か月前に1度だけです。今小学校6年生で、こちらに来たばかりで英語はまだあまり話せないことは知っています」

「それでは、息子さんとはまだそれほど交流が無かったわけですな」

警官が困ったように頭をかいてため息をついた。そして、「じつは…」と切り出した。

「ミョンスクさんが車に接触した事故の時、目の前に彼がいたそうです。彼は母親が目の前で車にはねられるところを見てしまったのですよ」

「なんですって?」

驚くジョンに警官が続けた。

「今はあんな状態ですが、ここに来る前はもっとひどく取り乱していました。
母親が目の前であんな風になっては仕方が無いことですが、事情を詳しく聞くことも出来ずにいて。目撃者の話を集めて、ようやくこちらも事故の時の様子が分かったんです。
どうやら、ミョンスクさんは、通りの向こうにいた息子の姿に気付いて、急いで道を横切ろうとしたらしいです。それで車が来るのに気づかずに事故にあわれた」

「なんてこと・・・」

ジョンは、震える声を呑み込んだ。

「彼がどうしてあの場所にいたのかは、まだ本人から聞けていないのですが、おそらく、心細くなって母親のいるバイト先を訪ねようとしたのでしょうな。それでバイト帰りの母親をあの場所で待っていた」

「バイト先とは?彼女はどんな仕事を?」

「ご存じないですか?チャイニーズレストランの皿洗いの仕事です」

「え?ミョンスクは、清掃会社の受付事務の仕事をしていたはずですが」

「それは日中の仕事でしょう。それも短時間のアルバイトだったようで、夕方からは違うアルバイトもしていたようですよ?」

…知らなかった。

ニューヨークに来て、ジョンに連絡をとったミョンスクと初めて会った時。
ジョンは、ミョンスクに自分が経営している事務所の仕事を紹介するつもりだった。
ミョンスクが遠慮するだろうことも考えて、それが断られたら、知人の職場を紹介するつもりだった。

しかし、ミョンスクが明るい笑顔で、「仕事はもう決まっている」と言っていた。

…あの言葉をうのみにしたなんて。

ジョンは悔やむように片手で顔を覆った。

…彼女の、どんなに親しい他人にも借りをつくりたくないというプライドが高いところを失念するなんて。

いや、気付けなかった自分が愚かだったのだ。

アルバイトを掛け持ちするなんて、やはり、就職活動は難しかったのだろう。
この不景気にそんな異国から来たばかりの人間を雇うほど、この場所は甘くは無かったのに。

それでも、ミョンスクが私に連絡をとったのは、自分の仕事のためじゃない。

ジョンは顔から手を離すと、閉じた部屋のドアをふりかえった。

部屋の中にいる少年。
息子の今後を案じて、万一の事態に備えていた。
こうなることを心配していたのだろう。

「…彼はこれからどうなるのですか?」

ジョンの質問に警官が、ちょっと困った顔をして首をかしげた後、再びため息をついた。

「あちらの国には頼れる親族も知人もいなそうですからね。
すぐに強制送還というわけにもいかないですし、未成年ですから、まず児童相談所に連絡をとって、それからしばらくは養護施設に身を置くことになるでしょう。そこで養子縁組してもらえるかどうか…。まあ、その後の手続きに関しては、ちょっとこちらでは分かりませんが」

そこで警官はチラリとジョンを見た。

「あなたのご家族は?お子さんは?」

「私は、独身です。子どもはいません」

「お仕事は?」

「会計事務所を経営しています」

「うーむ…」警官が唸った。

「なにか?」

「いや…。ソ・イヌ君にとって、この国で唯一頼れそうなのはあなただけのようなので…。失礼。今の質問は忘れてください」

警官という立場でうかつなことも言えないのだろう。
警官は気まずそうな態で頭をかいた。

「ジョン・リーさん。あなたのおかげでミョンスクさんの身元は確認されました。
ありがとうございました。もし、他にミョンスクさんを知っている人がいるようでしたらご連絡先を教えてください」

「ええ・・・」

かつての学友ならミョンスクのことは知っているだろう。
だが、もう長い時間がたっていて、ミョンスクと連絡をとっていたかも分からない。
それに、学友たちのほとんどがニューヨークを離れている。

「あの…、今日のところは私がソ・イヌ君をお預かりしても?」

つい、そう言ってしまったジョンに、警官は驚いた顔をした。

「いや、それは…」

「しばらくイヌ君はどこかに預けられることになるんですよね?
彼はこの国に来たばかりでまだ分からないことだらけです。
それで、お母さんもこんなことになったばかりで、知らない人ばかりの所に行くのは可哀そうです。
今後のことが決まるまで私が彼の身元引受人になってもいいですか?」

ジョンの言葉に警官は当惑して、部屋のドアをノックした。
そして、中から出てきた女性警官と離れた場所でしばらく何やら話をしていた。

やがて、女性警官がジョンの元に戻ってきた。

「すみません。ジョン・リーさん。今日のところは、ソ・イヌ君をこちらで預からせて頂きます。もちろん、もうしばらくしたら休眠の出来るところで寝かせて、食事も提供します。それからは、やはり児童相談所の方に来て頂いて、相談してから今後の事を決めさせて頂きますので」

「私は、ミョンスクの、彼の母親の親しい友人でした。力になりたいのです。それにミョンスクから頼まれていました。自分に何かあったら彼をお願いしたいと」


「そんなお話しをされていらっしゃったのですね。…わかりました。係の者に伝えておきます。
ただ、ジョンさん。あなたと彼のお母様が親しい間柄だったとしても、息子さんとはまだ1度しかお会いしていないでしょう。それに、ソ・イヌ君は今とてもショックを受けている状態です。彼には今第一に休養と専門家のサポートが必要だと考えます。彼のことでお力ぞえをお願いするにしても、また落ち着いてから、ご連絡さしあげたいのですが、よろしいですか?」

くいさがるジョンに、女性警官は労わるような笑みを浮かべながらもきっぱりと言った。
女性警官の言っていることが最なことはジョンにも分かった。

今自分がイヌに出来ることは無い。
そして、ミョンスクにも。

…ミョンスク…。

「分かりました。ただ、検分などがすべて終わったら、ミョンスクの埋葬は私の方でさせて欲しいのです。それは許可して頂けますか?」

「ええ、大丈夫だと思います。ジョン・リーさん。またすぐにご連絡させて頂きます。
ミョンスクさんのことも。イヌ君の件に関しても。御足労ありがとうございました」

「はい」

ジョンは、部屋から離れる前に開いたドアの隙間から、うつむいたまま椅子に座っているイヌの姿を遠目で確認した。

それから、霊安室の方向を仰ぎ見た。

ずっとあの場所に、ミョンスクの側にいたかった。
もう声をかけてくれることは無くても。

夜明け直後の、薄闇に仄かに浮き上がった街の景色が、建物の窓から見えた。

幻想的な景色に、ジョンは、この出来事が夢幻だったら、どんなに良かったのに。と思った。

ジョンは、がっくりと肩を落としながら、ふらつく足どりで建物を出た。

何が起きたかも理解できないほどのショックを受けていたが、
その日もジョンにはやるべきことが山積みだった。

経営している会計事務所は、とても忙しい時期だった。
経営者であるジョンは、いつもどおりに出社すると、仕事の指揮をとった。



(未完)


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韓国ドラマ「検事プリンセス」の二次小説「聖夜の誓い」です。

検事プリンセス、みつばの二次小説の最新作です。
「聖夜の祈り」から1年後のクリスマス話。
関連したイメージイラストと、雑記は、こちら


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聖夜の誓い





カチャリ…。

ホテルの部屋の窓辺に立ち、夜景を見ていたヘリは、
ドアが開く音で振り返った。


「メリー・クリスマス」


声と共に、部屋に入って来た“サンタクロース”に、ヘリが笑った。


「素敵な正装ね。イヌ」

赤い帽子とサンタ服を着こんだイヌがヘリにウインクして見せた。

「クリスマス仕様だ。似合うか?」

「ええ。パーティーの会場から、その恰好のままで来たの?」

「着替えた後の姿を見せたら、子ども達の夢を壊すかもしれないからな」

「みんな喜んでくれた?」

「ああ。サンタの恰好も、プレゼントも」

「よかったわ」

「うん。待たせて悪かった」

「ううん」

ヘリが首を横に振った。

「サンタさんは、絶対、今日中に私のところに来てくれるって信じてたから。
それに、見て。この部屋、夜景が最高なの。ずっと見飽きないくらい」

ヘリが、イヌのサンタ服の裾をひっぱって、窓の方に連れていった。

「昨年、ニューヨークのホテルで見た時と同じくらい素敵。どう?」

「ああ」

イヌとヘリは、並んでホテルの窓からの夜景を眺めた。


12月24日。クリスマスイブ。

ヘリとイヌには、恋人になってから過ごす二度目のクリスマスイブだった。

昨年は、アメリカに住むイヌの義父に会いに行き、ニューヨークの街で過ごした二人だったが、今年は、ソウルのホテルで過ごすことに決めていた。

しかし、ヘリは、仕事。
イヌの方は、知人の頼みで、急遽、チャリティーパーティーの手伝いをすることになった。

日中のデートは無く、予約していたレストランのディナーはキャンセル。
ホテルの部屋で落ち合う、というクリスマスイブ。

昨年のようなクリスマス休暇と違い、
計画も変更されていたが、ヘリは十分に満足していた。

イヌの予約したホテルは、ヘリ好みの部屋。
夕食には、ホテルのルームサービスで料理と酒が準備されている。

何より、恋人がそばにいるクリスマスイブ。

これ以上、望むことはあるだろうか?

それに・・・。


ヘリは、左手のくすり指につけられた指輪に目を落とした。

記念日にもらった指輪と重ねてつけていた指輪は、
イヌにプロポーズされた時に贈られた婚約の印だった。

明日25日の夜は、親同士の顔合わせディナーも予定されている。

ヘリの父母、マ・サンテとパク・エジャ。
イヌの養父、ジョン・リー。

アメリカに住んでいるジョンは、先日から韓国に訪れていて、
今日は、こちらにいる友人達と過ごすという話だった。

イヌから婚約の話を聞いた養父のジョンは、とても祝福し、
ヘリにも“おめでとう”という、メッセージを送ってきていた。

そして、ヘリの父、マ・サンテも。

イヌとの交際を認めてくれていたサンテではあったが、
この結婚は許してくれるのだろうか?

ヘリの中には、そんな気がかりが少なからず残っていた。

だが、ヘリが知らないところで、イヌとサンテが会っていたらしいと、
母のエジャが、後でこっそりとヘリに教えてくれていた。

二人の間にどんな話が交わされたのかの詳細は分からなかったが、
ヘリが婚約を報告した時、サンテは「わかった」と静かに言った。

やわらかな微笑すら浮かべていたサンテの顔に、
ヘリは、サンテが、この結婚を本心から認めてくれたと感じた。

こうして、結婚式の日程と場所も決まり、
ヘリのウエディングドレスは、ヘリ自身がデザインし、
親友のユナをはじめ、デザイン科にいた時の友人達が制作すると言ってくれていた。

二人の結婚に向けて、準備は着々と進められている。

そんな中の、クリスマス休暇。


「“婚約者”と初めて過ごすクリスマスね」

ヘリがウキウキした口調で言った。

「そうだな。そして…」

イヌが、わざと、素っ気ない顔で言った。

「婚約者と過ごす最後のクリスマスだ」

来年の今頃には、恋人でも、婚約者でも無い。
伴侶として、クリスマスを過ごすだろう。

イヌは、そう言っていた。

「独身最後のクリスマスってことね?」

「それは、分からないな」

「何よ。それ。分からないって」


うそぶくイヌに、ヘリが頬を膨らませた。

「はっきり言ってちょうだい。イヌ。
僕にとって、マ・ヘリが、最初で最後の婚約者だって」

「あれ? それ、僕がプロポーズの時に言ったよな?」

「そんな台詞言っていないわよ」

「そうか? 僕は何て言っていた?」

「覚えてないなら、思い出させてあげるわ。
私は、記憶力は、いいんですからね」

ヘリは、フンと鼻を鳴らすと、腰に手をあてた。


「『マ・ヘリ。君は、僕にとって、かけがえのない人だ。だから、この先の僕の未来にも、ずっと君がいて欲しい』って」

「そうだ。それで、君が「OK」すると、『お互い、最初で最後の婚約期間を楽しもう』と、僕が言った」

「あれ?そうだったかしら?」

「やれやれ。数か月前の話なのに。
そして、まだ数か月残っているのに、先が思いやられる」

イヌが、肩をすくめると苦笑した。

「そっか…。“あの日”からもう数か月たったのね」

ヘリが感慨深めに言って婚約指輪を見つめた。

「なんだか、実感が無いわ。
まだまだ時間があるって思っていたのに」

「今年は、いろいろな事があったからな」

イヌの言う、“いろいろな事”の中には、そんな一言で片付かないくらいの出来事も含まれていた。

ヘリが同意するようにコクリと頷いた。

「本当にいろいろな事があった。
仕事で関わった事件だけでなく。人との別れも…」

目の前で助けられなかった人がいた。
そして、過去、時間を共有してきた人と、心が離れるように別れたこともあった。

何かを思い出したように、ヘリの瞳が一瞬、暗い影を落とした。
しかし、すぐに吹っ切ったように、顔をあげるとイヌに微笑んだ。

「でも、新しい出会いも沢山あったわ。
いい出会いもいっぱい。イヌ、あなたもでしょ?」

「ああ。いろいろな事があった。
変わってしまったことも多い。でも、変わらないものもある」

イヌは、ヘリの肩を手で抱き寄せると言った。

「君は変わらない」

「それって…。私の本質が変わらないってこと?
それとも、あなたの中の私の存在が変わっていないってこと?」

「両方だ」

イヌが答えた。

「これから先のことは、分からない。
でも、そこは変わらないと信じている。だから誓うよ」


数奇な運命に導かれるように出会った二人。
でも、どんなに、抗おうとも、惹かれ合ってしまった。

再会して、付き合い、
その間も、困難や危機と遭遇しても。

やはり、離れることは出来ないと確信した。

――― だから、誓う。

「僕は、これからも、君と共にいる。ヘリ」


ヘリには、イヌから聞く二度目のプロポーズの言葉だった。

潤んだヘリの瞳が、婚約指輪の宝石のように輝いていた。

「私も。私も、誓うわ。イヌ」

二人を結び付けた過去の事件は消えなくとも。
会えない時間が長くても。
遠く距離が離れても。


「これからも、ずっと、あなたと一緒にいる」


ヘリは、イヌの体にしがみつくように、両手を回した。

ヘリをふわりと包み込む、赤い布地の洋服。

その感触に、思わず、ヘリは、クスっと笑い声をあげた。


甘くロマンチックな雰囲気を、イヌの着ているサンタクロースの服がやわらげている。

それは、悪戯好きの、イヌのいつもの悪ふざけでは無かったのだったが、ヘリは、いかにもイヌらしい、と感じていた。

「私のサンタさん」


抱きつきながら、クスクスと笑い続けるヘリに、
イヌが苦笑を浮かべて、浅いため息をついた。

考えていることは、ヘリと変わらなかった。

本来なら、正装で、スーツかタキシードでも着て伝えるべき誓いの言葉。

それを、コスプレ姿で言うなんて。


…だが。

イヌは思った。

二人で決めた、結婚式の日に。

今日のように、雪が降りそうな寒い時では無く。
木々の緑が眩しく、花が咲き乱れる季節の日に。


…本当の誓いの儀式は、本番にとっておこう。


その日は、待ち遠しくも、
今日のように、いつか必ず訪れる未来。


「来年のクリスマスには、私がサンタクロースの恰好をするわね」

と、茶目っ気たっぷりに言うヘリの頭に、イヌはキスを落とした。


聖夜の夜。

それは、誓いの証。


イヌは、腕の中のフィアンセに顔を上げさせると、
目を閉じ、口づけを交わしあった。

長いキスの後、イヌが言った。


「Merry Christmas, my fiancee.」




(終わり)




検事プリンセス二次小説の読者さまへ


【大切なお知らせ】


ずっとブログをチェックしてくださっている方。
拍手、拍手コメントで励ましてくださった方。
二次小説を楽しみに、待っていてくださった方。
ありがとうございます。

読者さんが、皆いい人ばかりで、みつばは、甘えてばかりでした。

それなのに、復帰後は、違うジャンルの二次創作を始めている事が、申し訳ないと思っていました。

「検事プリンセス」の二次創作をずっと続けられていたら、
二次小説シリーズも、シーズン1、シーズン2、そしてシーズン3と。

時間軸通り、みつばのイヌ×ヘリの二次妄想世界も、
ドラマの時間の流れに合わせて、10年後の2021年で最終回でした。

シーズン2、シーズン3の話もいくつか更新していますが、
肝心のエピソードが沢山抜かされています。

この「聖夜の誓い」の前に、イヌはヘリにプロポーズして、婚約しています。

この2012年というと年には、「夢桜」(公開済)の前に、未公開の3部作。
「その手をつなぐもの」「花の微笑み」「暗闇の灯」という、
みつばが、「検事プリンセス」の二次小説で最も書きたかった長編の物語が3つ。

この3作品を誰かに読んでもらえるなら、二次創作活動を終えてもいいな。ってくらい、思い入れのあるプロットでした。

その分、すごくシリアスで、技量的にも文字数的にも、創作は難しいと分かっていながらも、途中のエピソードは、書ける時に書いて、メモ書き保存していました。

脳内に鮮やかに浮かんでいた「検事プリンセス」の二次世界。
こんなドラマの続きを見たい、と自分が勝手に思い描いた妄想でしたが、作品として発表し、誰かに共感してもらえる喜びを知った、はじめての二次創作活動でした。

もし、やめてしまえば、作ったプロット全てと、まだ脳内に残っている映像の記憶も、全部、みつばの妄想のまま無かった事になってしまうんだな。と思いながら、宙ぶらりんの創作活動になっていました。

ただ、やっぱり、「検事プリンセス」好きの読者さんが1人でもいらっしゃっている間に、みつばが創った、この物語のラストエピソードを見届けて欲しい。

そんな気持ちで、「検事プリンセス」の次回作は、シーズン1のラストエピソードに、シーズン3のラストエピソードも加えて、最終回の話を更新予定です。

最終回を出してしまえば、物語は1度幕を閉じますが、
みつばの「検事プリンセス」の二次小説は、最終回と最終話が2つ存在しています。

本当に、「検事プリンセス」の二次小説の創作を辞める時は、最終話をブログにアップしますが、それまでは、最終回の話の間にある物語たちも、書けた時に、アップしていけたら、と思います。

公開日は未定ですが、
来年、「みつばのたまて箱」ブログ10周年のどこかで、と、目標を定めています。

検事プリンセスの10年後の世界のイヌ×ヘリ。
そして、みつばの二次創作した、主人公、ヘリのラストエピソードを、見届けてくださる方がいらっしゃったら、嬉しいです。

「検事プリンセス」記事の読者さまには、この記事が今年最後の記事になります。
今年もブログ「みつばのたまて箱」へのご訪問、そして応援、ありがとうございました。

本当に感謝しています。



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「検事プリンセス」ファンの読者さまへ。

大変、お待たせしました。

「検事プリンセス」二次小説の最新作を明日更新します。

物語の時間軸は、「聖夜の祈り」の翌年のクリスマス。


この話も、もうすでにプロットが出来ていて
8年前にイラスト予告を出していた物語です。

…8年たっても、書いていた時の状況と変わらない今日この頃。
毎年、この時期に焦らなくなる日はくるのだろうか?



イメージイラストと雑記


聖夜の願い」(ヘリと離れたイヌのニューヨークでのクリスマス)
聖夜の祈り」(恋人になったヘリとイヌが過ごすクリスマス)

と、聖夜の3部作になる最後の物語。

検事プリンセス二次小説シリーズでは、第2シーズンの話になります。


第1シーズンも完結していないので、
その後の第2シーズンも未公開話が多いのですが、
「検事プリンセス」二次小説INDEX2内の「シリーズより時間が経過した後の話」のところに、いくつか公開されています。

ただ、第2シーズンの未公開エピソードが多い為に、
本来のプロットを改変して書き下ろしました。


「検事プリンセス」を見ていた方。
イヌとヘリのカップルが好きな方は、
みつばが妄想していた、二人の2度目のクリスマスエピソードを覗いてみてください。



(追伸)

「陳情令」関連記事の読者さま

ブログへのご訪問、記事への拍手、拍手コメントを送ってくださった方、ありがとうございます!
初めて、拍手コメントを書いてくださった方もありがとうございます。
ddggへの気持ちや、20日のイベントの感想。創作物への応援を書いていただき嬉しかったです♪

星光…イベントの夜、リアルタイムではしゃぎすぎて、直後に力尽きました(苦笑)
世の中の同志たちと、共通の妄想eyeで楽しめて良かったです。

そういえば。

「康師傅 」というメーカーの「3+2 」(クラッカーにクリームをはさんだ菓子)。
ggが「陳情令」の撮影中、楽屋で食べていた中国のお菓子。

先日のイベントでも、ファンの応援ライトの文字(ddgg色の黄色♪)で出ていたものです。見えました?
美味しそうで、ずっとひそかに探しているみつば。
(今のご時世、心あたりのある店や街に探しにも行けない(涙))

もし、日本で扱っているところを知っている方がいたら教えてください。
(わざわざ調べなくてもいいですよ~。知っている方がいたら、という話です)


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9月24日は、韓国ドラマ「検事プリンセス」のキャラクター、ソ・イヌの誕生日です。

…もう6日過ぎてますが。

ずっと9月に入ってから、カレンダー見ながら、「誰かの誕生日があったよね~?」って、首をかしげてはいたのですが。
そうでした。推しキャラの誕生日を忘れるなんて。

イヌは、みつば大奥の側室ナンバー1なのに。

ちなみに、やっぱり、正室は、ミン・ジョンホ様です♪「チャングムの誓い」

現在、推しキャラナンバー1の「陳情令」の主役、二人は、みつば大奥にはいません。
理由は、以前も雑記で書いたのですが、断袖(BLキャラ)だから…(苦笑)

たまに、「検事プリンセス」好きの方が、見てますよ~。というサインにも気づいています。
ありがとうございます!
みつばのブログにいらっしゃらなくても、10年たっても、ドラマファンの方がいるということも分かってます。

イヌの中の人の記念日をお祝いする方は、日本でも沢山いらっしゃるかもしれませんが、みつばは、今年もキャラクターのソビョンの誕生日をひっそりと祝います。(…6日遅れだけど)

ソ・イヌは、ドラマ公開の時、27歳設定だったから、今年は37歳のはず。

みつばの検事プリンセスの二次小説の最後の話のプロットでも、ヘリとイヌは37歳という設定です。

二次小説の更新については、そろそろ覚悟決めた方が良いかな?と、迷っていることがあります。

でも、もし、みつばの二次小説の物語が終わったとしても、
イヌ×ヘリの物語は、永遠に続くし、過去にみつばの書いた小説の世界が、他の人達と共有出来て、その時、一瞬でも、その記憶の中に留まったのなら、創作して、ブログで発表してきて良かったと思えています。

思い起こせば、9年前の、あの時の「検事プリンセス」のイヌとの出会いも不思議でした。

最初の1話が、面白く感じなくて、視聴やめようとしていたこと。

でも、数話、すでに録画されていたから、せめて、録画しているのは、倍速でも見てしまおうか。って思い直したのが、運命の始まり。

次第に、はまりだして。ついには、感想を書くために、ブログを立ち上げるほどになったという。それが、二次小説をはじめるきっかけとなって、今にいたる。

この話は、もうブログで何回も書いてきました。

出会いって不思議。

「陳情令」」にいたっては、昨年の夏頃、あることを検索していて、偶然知ったというもの。
そして、あることを検索するに至った経緯を振り返ると、今から3年前まで時をさかのぼっていました。
もう、あの時、あの事件がなければ、あの決断がなければ、あの出会いが無ければ、今、「陳情令」関連の記事もブログに書いていなかったかも。

そう考えると、やっぱり不思議。

…で、「検事プリンセス」の話に戻って。

数奇な運命に導かれて出会った、主人公のヘリとイヌ。

みつばの二次創作の世界では、二人も37歳の今は、結婚して、子どももいるという話に。
そして、この年、ヘリは、ある大きな決断をする…というのが、みつばの二次小説シリーズのラストエピソードの話でした。

もう読む人がいなくても、このラストストーリーだけは、けじめとして、ブログで完結させよう。と。
イヌの誕生日(6日遅れだけど)に誓うみつばです。


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韓国ドラマ「検事プリンセス」の二次小説、「追憶の香り」後編です。

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検事プリンセス二次小説INDEX2」ページからどうぞ。
このブログに初めていらした方、このブログを読む時の注意点は「お願い」を一読してください。


この話はシリーズの最新作になります。

「夢桜」の続編。




追憶の香り(後編)




辞令には、ヘリが春川に異動になることが記されていた。

「そうですか」

ホン・ヨナンは、相槌を打ったあと、しばらく黙った。

そして、浅いため息をつくと、両手を組んで、ソファの背に体をもたれさせた。

「老婆心ながら、私で良ければ、ヘリさんのお悩みを聞かせてもらえますか?ヘリさんより長く生きているので、何かアドバイスできることもあるかもしれません」

「ええ。ありがとうございます」

ヘリは、ホン・ヨナンに微かにお辞儀した。

親やイヌに伝えることは、まだためらっていたが、誰かにこの想いを話したかったヘリだった。

人生でも職場でも、大勢の人達と関わってきたホン・ヨナンなら、この気持ちはわかるだろうか…。

そんな思いで、ヘリはぽつぽつと話し始めた。

「職場の異動先が、ソウルより遠い場所になりました。もし行くことになれば、私は両親と離れて暮らすことになります。もちろん、イヌともです。職業柄、ずっと覚悟をしてきたつもりです。でも、いざ、通知をもらったら、決意が揺らいでしまったのも事実です」

「ヘリさんは、一人娘でしたね。ご両親の反対がありましたか?」

そう聞くホン・ヨナンに、ヘリは首を横に振った。

「まだ、両親と話し合っていません。ただ、両親も私の職業柄、そういうことがあるというのは薄々分かっていますし、おそらく私の決断を尊重してくれると思っています」

ヘリの父親。マ・サンテは、一人娘を溺愛していた。
ヘリが仕事で遠い場所に住むとなれば、昔のサンテなら、大反対して、検事を辞めろと言っただろう。

だが、今なら、渋い顔をしたとしても、娘の意志を尊重してくれる。
そんな確信があった。

「では、ソ・イヌ君が反対をしましたか?」

「いいえ…」

ヘリは、握りしめた自分の両手に目を落とした。

「彼にはまだ伝えていません。ただ…。この辞令が出る前に少し話はしました」

あの桜が散った並木道で。

『僕の心はいつも君の側にある』

たとえ、離れてることになっても、心は変わらない。

イヌは、ヘリにそう言ってくれていた。

イヌも、ヘリがどんな決定をしても、受け入れてくれることだろう。

それが分かったから、余計に、ヘリの中に戸惑いのような感情が生まれていた。

・・・皆、私の答えを受け入れてくれる。
たとえ、すぐに会える距離にいられずに寂しいと感じてくれていても。

両親も。イヌも。親友のユナも。

だったら、私は・・・。

「…以前、イヌが、何かの選択に迷った時。『自分がどうしたいのか分かっていたら答えは出るはずだ。頭じゃなくて心で分かっていればの話だが』って話していたことがあります。私は今、自分の心が分かりません」

ヘリは、ホン・ヨナンに話しながら、自分の心にも問いかけていた。

2つに分かれた道のどちらを選ぶのか。

「その分岐点の先のことを考えると、どうしたら一番良いのか、分からなくなっています」

そう呟いて、無言になったヘリを、ホン・ヨナンはジッと見つめていた。

そして、小さく吐息をついた後、ゆっくりとした口調で言った。

「一番良い方向は分からなくとも、ヘリさんが一番何がしたいかは分かっているのではないですか?」

「・・・・・・」

「どの道に行くかを選んだ時、別の道に待っている未来は消えます。だから、人は迷ってしまうのです」

ホン・ヨナンが続けた。

「後悔の無い道を選ぶなど困難なことです。しかし、自分で選択した道を歩いていながら、自分の現状に不満を持ち、文句と愚痴を言い続けている人間は、たとえ、過去にどんな選択をしていようとも、必ず、同じように愚痴をこぼし続けますよ」

ホン・ヨナンの言っていることは、ある意味、手厳しかったが、最なことだった。

だが、それを強く言い切ることが出来るのは、やはりホン・ヨナンが今までの人生で、いろんな修羅場をくぐってきた経験があるからなのだろう、とヘリは考えた。

そんなヘリの思いが、またも表情に出ていたのだろう。

ホン・ヨナンを見つめ返すヘリの顔に、ホン・ヨナンが、ふっとやわらかな笑みを浮かべた。

「私も、さんざん後悔しましたよ」

ホン・ヨナンが言った。

そして、おもむろに店内を見回した後、再びヘリの顔に視線を戻した。

「ヘリさん。この店はね、私が昔の恋人に紹介してもらった店なんですよ」

…え?

いきなり深いプライベートにかかわった話題にヘリが驚いている間にもホン・ヨナンは話し続けた。

「まだ、今の妻と出会う前の話です。学生時代につきあっていた恋人です。とても気があっていて、結婚も考えていたほどです。彼女は紅茶好きで、この店の常連でした。彼女に連れてきてもらってから私も紅茶好きになり、この店にもよく通いました。あの頃、店の今のマスターも見習いでした」

ホン・ヨナンは、そう言って、懐かしそうな顔でカウンターにいるマスターの方に目をやった。

ちょうど、そこに、女性従業員が、ヘリとホン・ヨナンが注文した紅茶を運んできた。

ヘリの前にはロイヤルミルクティーが。ホン・ヨナンの前にはシャリマティーが置かれた。

甘いミルクと紅茶の香り、そして、オレンジと少量の洋酒のような香りが、周囲に漂った。

それは、ヘリの、黒々と絡まった思考を解きほぐしてくれるような効果をもたらした。

「とても、良い香りです」

ヘリが紅茶カップをのぞきこんで、うっとりと言った。

「さあ、どうぞ、召し上がってください」

ホン・ヨナンのすすめに、ヘリは、素直に「はい」と頷くと、紅茶カップを手にとって口に含んだ。

口の中で、濃厚なミルクと深みのある紅茶の味が広がった。

砂糖が少量すでに入っているようで、微かに甘い。
しかし、紅茶の味を邪魔しない程度に。むしろ引き立てるかのように加えられていた。

「美味しいです」

ヘリが感動して、思わず吐息をもらした。

ただ、初めて口にしたはずなのに、この味を知っている。
ヘリが、そう思った時、ヘリの心を読んだようにホン・ヨナンが言った。

「ソ・イヌ君も、この店に何回か連れてきています。その時に、イヌ君は、マスターが紅茶を淹れる姿を観察していました。もしかしたら、ヘリさんがイヌ君に淹れてもらっているロイヤルミルクティーの味に似ているのではないですか?」

「はい」

「彼は、おそらく、このシャリマティーの作り方もマスターしていることでしょう。彼もこのシャリマティーがお気にいりのようでした」

「そうだったのですね。でも、不思議。イヌは、一度も私にシャリマティーを作ってくれたことがありません」

「それは、きっと、イヌ君が自分の作る味にまだ納得していないからでしょう。彼は、自信のある物しか他人に披露しないでしょうから」

イヌをよく知っているようなホン・ヨナンの言葉に、同意したヘリは思わず噴き出した。

「確かに。彼には、そういうところがあります」

プライドの高いイヌは、完璧な物を目指し、不完全な味の紅茶をヘリに飲ませたりしないだろう。

「この店のシャリマティーは、素人には、なかなか真似できない奥深い味です。ですが、ソ・イヌ君なら、いつか再現してくれるかもしれません」

「ええ」

ふふふっと笑うヘリに、ホン・ヨナンも笑みを浮かべた。

「今度は、私もシャリマティーを頂きます」

そう言って、ロイヤルミルクティーを、大切そうに飲むヘリを、ホン・ヨナンは、目を細めて見守っていた。

「私のかつての恋人も、そうやってその場所に座って紅茶を飲んでいました。彼女は、この店のロイヤルミルクティーが一番のお気に入りでした。何度一緒に来ても、他の物は頼まず、いつもホットのロイヤルミルクティーだけ口にしてました」

そう語るホン・ヨナンの顔は、懐かしそうで、どこか寂し気な影もあった。

「結婚まで考えていらした、その彼女とは、その後、どうされたのですか?」

そう聞いてから、ヘリは、ハッと口をつぐんで、慌てて謝罪した。

「ごめんなさい」

興味にあることに、つい相手の気持ちを考えずに問いかけてしまう自分の癖を自覚してから、気をつけてはいたが、やはり、とっさに出てしまうことを反省したヘリだった。

「いえ、いいのですよ。この話題をふったのは私ですから」

ホン・ヨナンが首を振って言った。

「彼女とは、私が親の会社で働くようになって、しばらくしてから別れました。彼女には、海外でかなえたい夢があったのです。そして、私は会社の跡取りという選択をしました」

「・・・・・・」

「彼女に、私と結婚してから夢をかなえる道を探らないか?と提案したことがあります。
彼女から、親の会社では無く、自分で事業を起こさないの?と聞かれたことがあります。私たちには、共にいられる選択肢は他にもあったのです。でも、結局、別れる道を選びました」

「…それを後悔しているのですか?」

おずおずと、そう尋ねるヘリに、ホン・ヨナンは苦笑を浮かべた。

「その後、別の道を選んでいたら、どうなっていただろう?と考えたことは、何度もあります。この紅茶の香りは、過去の記憶を鮮明に蘇らせ、あの頃の気持ちをとても美しく感じさせます。彼女をとても愛おしいと思ったことも。でも、もし、あの時…は、存在しません。
あの時、別の道を選択していても、今歩いている道の可能性を考えることはあるでしょう。後悔しても、それでも、現状でより良い未来の道を探りながら歩いていく。おそらく人生の最後まで、その繰り返しでしょう」

後悔したとしても、その後にどうするかを考え、決めること。
正解は無いのだと、ホン・ヨナンは言っているようだった。

「人生、塞翁が馬ですから」

ホン・ヨナンが、ヘリの思いをまとめるように言うと、紅茶を口にした。

「…だから、自分が今一番したい、と思うことを。優先したいという道を選ぶということなのですね」

呟くように言ったヘリに、ホン・ヨナンが頷いた。

「後になって、自分の不遇を他人のせいにしたくなる事も出てくるでしょう。本当はこうしたかったのに、誰かのせいでその道をふさがれたと。そういうこともあります。ただ、ヘリさんの周囲の人は、皆ヘリさんの選択を応援してくれているようです。恋人も。ならば、ヘリさんは堂々と自分の人生を歩めばいい」

ホン・ヨナンが言った。

「あなたの決めた道を進めば良いのです」

ヘリは、無言でホン・ヨナンを見つめた後、ロイヤルミルクティーを口に含んだ。
それは、冷めていても、甘く優しい味だった。

ヘリは、紅茶を飲み干すと、カップをソーサーに置いた。

「はい」

ヘリの中では、もうすでに答えが出ていたこと。
それが、ホン・ヨナンの言葉で、迷いの霧が晴れたように思った。

そんなヘリの表情に、ホン・ヨナンもヘリの心を読んだように、微笑んでいた。


―――あの時から、年月が過ぎて。


ヘリは、あれから、自分の選択した道をまっすぐ歩いて、今ここにいる。

行く先々で、新しい悩みや選択肢が出てきていたが、ヘリはその都度、解決してきた。

変化したことも沢山あった。

でも、変わらずにあるものも、存在した。

リビングの扉が静かに開いた。

ヘリは、風呂上りの濡れた短髪をタオルで拭きながら、部屋着姿で入ってきたイヌを見やった。

イヌが、ヘリがキッチンカウンターの上に並べていた紅茶カップに気づいた。

「ホン・ヨナンさんが贈ってくれたカップよ。これを見ながら、私もホン・ヨナンさんを偲びながらイヌの晩酌につきあうわ」

「うん…」

イヌは、紅茶カップを手にとって、ジッと眺めると、ヘリのいるキッチンの内側に入って来た。

「イヌ?」

不思議そうなヘリの脇を通って、イヌが冷蔵庫を開けた。

「酒じゃなくて、紅茶を淹れよう。ロイヤルミルクティーとシャリマティーを。材料はあるかな?」

「ミルクとオレンジ、茶葉はあるけど、他の材料はどう?」

「うん…。あるな」

イヌが、シャリマティーの材料を確認して頷いた。

「ヘリ。少し待てるか?」

「ええ」

イヌは、キッチンの中で、ヘリと場所を交代すると、紅茶を淹れる準備を始めた。

ヘリは、キッチンカウンターの対面の椅子に座ると、黙ってイヌの作業を見守っていた。


やがて、キッチンに、甘いミルクティーとシャリマティーの香りが広がった。

イヌは、温めた紅茶カップの中に、それらを丁寧に注いだ。
そして、ヘリの方に、ロイヤルミルクティーの入ったカップを差し出した。


「ありがと。イヌ」

ヘリは、カップを受け取って微笑んだ。

香りは記憶を蘇せる。

イヌの入れた紅茶の香りは、あの時の店とホン・ヨナンを思い出させた。

ホン・ヨナンに連れていってもらった、紅茶専門店は、今はもうあの場所には無かった。

数年前、マスターが体調を崩し、そして、店の後継者もいなかった為だった。
惜しまれながら、店はたたまれ、店は紅茶の味を愛していた人達の間で、永遠の思い出となった。

そして、ホン・ヨナンももういない。


ヘリはイヌと一緒に、ホン・ヨナンを悼みながら、しばらく無言で紅茶を飲んだ。

「私、イヌの淹れた、このロイヤルミルクティーの味が好きよ」

ややあって、ヘリがぽつりと言った。

「ホン・ヨナンさんがお気にいりだった店のマスター直伝だからな」

「え?直伝って、見て覚えたんじゃなくて、教えてもらったことがあったの?」

「ああ。何度か通ったよ。マスターが、淹れ方を教えてくれた。あの頃、マスターは、自分の体調不良で店を続けられなくなることが分かっていたのかもしれない。ネットにはこれのレシピも公開して残してくれていた」

「そうだったのね」

「うん。シャリマティーも。ただ、どうしてかな。同じレシピなのに、マスターの味にはまだ叶わないって思うのは」

「きっと。師匠だからよ。私も先輩たちは、ずっと先輩だって今でも感じるもの」

「そうだな。ホン・ヨナンさんも。俺にはずっと尊敬する人だ。これからも」

「うん…」

イヌの瞳が潤んで見えるのは、紅茶の湯気のせいでは無い。

そんなイヌの顔を直視しないように、視線をそらせたヘリに、イヌが手を伸ばした。

そして、テーブルの上にあったヘリの手にイヌはそっと手を重ねた。

ヘリが顔を上げて、イヌを見た。
そして、イヌの頬に流れる涙を見ると、すぐに同調して、涙をあふれさせた。

仕事で沢山の事件に関わってきて、新人の時のように、職務中は泣くことがなくなったヘリだったが、涙もろい性格は変わってはいなかった。

テーブルの上で、手を握り合って、ヘリとイヌは、静かに泣いた。

ヘリの心の中で、あの時のホン・ヨナンの言葉が聞こえた。


『どんな道を選ぼうとも、私はあなたを応援していますよ。ヘリさん』


紅茶の香りと、彼がかけてくれた声の記憶は、これからもヘリの中で永遠に残るだろう。


…ホン・ヨナンさん、ありがとう。さようなら。


心の中で、自分たちを大切に想ってくれた人への感謝と追悼の意を込めて。
ヘリは、紅茶の香りに包まれながら、イヌの手の温もりを感じていた。




(終わり)



この小説のモデルになった実在していた紅茶のお店は、今でもみつばの中で、一番好きな店です。紅茶好きのみつばですが、この店のより美味しい紅茶をまだ飲んだことがありません。

今までの二次小説の中でもたびたび登場したオリジナルキャラクター。ホン・ヨナンのイメージでモデルにさせて頂いた人は、みつばがとてもお世話になった方でした。
「あなたの夢を応援していますよ」と最後にお会いした時にかけて下さった声を今でも覚えています。

小説の中でホン・ヨナンがヘリに言った言葉を、自分の中で何度も繰り返してますが、今でも割り切ることが出来ずにいることもあります。いつかホン・ヨナンのように言い切れるようになったら、後悔も全部受け止めて、自分という生き方をしているのだろうかって考えたりします。

「検事プリンセス」のドラマも、放送されてから10年の月日がたちました。
みつばの中では、あの時ときめいていた気持ちを、これからも忘れないと思います。

検事プリンセスファンの方も、そうでなくても、この小説を読んで頂いた方も、ありがとうございました。
検事プリンセスの二次小説シリーズは、次作品で、シーズン1の物語を終わらせて頂きますが、二次小説の次回更新は未定です。


【拍手コメントレス】

最終話の更新時、一人でも読者さんがいればいいな~…と、消極的な希望でしたが、時間がたっても、始めた物語をちゃんとまとめておきたい思いでした。イヌの番外編話「miss you」バレンタインの話「ゲレンデへいこう」が、数話未公開の状態になっているのですが、これらも、完結できたら、ひょっこり更新するかもです。読んで頂きありがとうございました。


(連絡)
「陳情令」記事への拍手コメント、拍手、送ってくださった方、ありがとうございます!
メールやメールフォームからのコメントもありがとうございます。お返事はゆっくりになりますが、少々お待ちくださいね。
拍手コメントの方は、深夜更新記事でさせて頂きます。ブログの記事への感想、応援、ありがとうございました。



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この話はシリーズの最新作になります。

「夢桜」の続編。




追憶の香り(前編)





「ヘリ、ホン・ヨナンさんが他界した」

その日、家に帰ってきたイヌは、迎えに出たヘリを見ると真っ先に、そう口にした。

「え…?ホン・ヨナンさんが?」

ヘリは衝撃のあまり口元に手をあてた。

「ああ、ホン・ヨナンさんの奥様から連絡をもらった。
今朝方、入院先の病院で息を引き取られたらしい」

イヌが暗い顔で言った。

…体調を崩されていたとイヌから聞いていたけど、まさか、こんなことになるなんて。

ヘリは、呆然となって、イヌの前に佇んでいた。

しかし、目の前にいる夫の方がよほどショックが大きいことだろう。

ホン・ヨナンは、イヌにとって友人であり、恩人でもある人物だった。

国内でも指折りの大きな企業を率いてきた敏腕の実業家。
数年前から、会社は、後継者にゆずり、経営から退いてはいたが、慈善団体を支援したり、イヌが新しい事務所を立ちあげた時も力添えをしてくれた人だった。

ホン・ヨナンとイヌは、年こそ、親子以上離れていたが、武道仲間であり、気の合う友人としての付き合いをしていた。

以前、貸してくれた別荘と土地も、その後、イヌに安く売ってくれていた。

とてもイヌをかってくれていた人だったが、同様に、ホン・ヨナンは、イヌの恋人だったヘリにもよくしてくれていた。

イヌとヘリが結婚した時も。子を授かった時も。

ホン・ヨナンは、まるで父親か祖父のように喜んで祝ってくれた。

その人が、他界したというのだ。

「イヌ・・・」


ヘリは、意気消沈しながらも、気丈に立っているようなイヌを見守りながら、リビングの方に共に移動した。

「子どもたちは?」

イヌは、静かなリビングを見渡して聞いた。

「もう寝ているわ」

「そうか…」

「何か、食べる?」

「いや…」

イヌは、うつむいて、しかし、思い直したように頷いた。

「酒を少しだけ飲みたい」

「わかったわ」

ヘリが答えた。

「今、何かつまみになる物を用意するから。あなたは、その間、お風呂に入って、着替えてきて」

「ああ…」

イヌは、ヘリに礼を言うように微笑を浮かべた。
しかし、すぐに暗い表情に戻り、リビングを出ようとした。

…イヌ。

ヘリは、イヌの今の心情を考えると、たまらない気持ちになった。
そして思わず、駆け寄ると、イヌの背に両手をまわして抱きしめていた。

イヌの背中は、ひんやりと冷たく、そして固かった。
ヘリは、自分の体温をイヌに与え、温めるように、体を押し付けた。

「イヌ。泣いていいんだからね」

ヘリは、イヌの体をギュッと抱きしめたまま、目を閉じて言った。


子どもの頃、大切な人を次々と失ったイヌ。

その後、目的を果たすまでは、泣かない。
そう決め、涙を流すことを、自分に禁じたように生きてきた。

今、また、人生で自分を大事にしてくれた人を。大切に想っていた人を失った。

必死で、泣くまいとしているようなイヌの姿に、ヘリは胸がしめつけられていた。


「…ヘリ」

イヌが、前身にまわっているヘリの両手に手を添えた。
そして、ヘリの手をそっと握りしめた後、その腕をはずさせた。

そのまま振り向かず、ただ、微かにヘリに頷いて見せた後、
イヌは、リビングを後にして、クローゼットのある寝室に入っていった。

ヘリは、そんなイヌの後ろ姿を見送った後、晩酌の準備をする為にキッチンにむかった。

そして、イヌの好きなつまみの総菜を何品か料理した。

酒は、何がいいのかしら?
ワイン?それとも、ビール?焼酎?ブランデー?

そんなことを考えながら、総菜を盛る皿を取ろうと、ヘリはキッチン棚を開けた。

そして、カップボードをふと見やったヘリの目に、紅茶カップが映った。

それは、ホン・ヨナンが、ヘリとイヌにプレゼントしてくれたカップだった。

…ホン・ヨナンさんは、紅茶がお好きだった…。


ヘリは、カップを見ながら、そんなことを思い出した。

同時に、ホン・ヨナンに、昔、かけられた言葉が記憶の中で蘇っていた。


『あなたの決めた道を進めば良いのです』



―――それは、10年ほど前。


あれは、桜がすべて散って、しばらくたった時期のことだった。

ソウル中部地検で働いていたヘリに辞令がおりた。


“マ・ヘリ検事。異動部署。春川地検、刑事3部”

…春川地検。

ヘリは、その書類の文字を冷静な気持ちで受け止めていた。

覚悟は出来ていた。

ソウル中部地検に新人として入って2年。
今年、異動になることは、上司からも仄めかされていて、一応希望する場所を問われた書類も提出していた。

だが、ヘリには配偶者がいない。
両親も健在だった。異動先に考慮されるべき要素は無い。

今住んでいるソウル近隣の職場になる必要もなかった。

遠いといっても、ソウルから1日以上かかる距離では無い。
しかし、今住んでいるマンションから通勤するのは難しいだろう。

両親の家とも離れ、そして、同じマンションに住む恋人とも・・・。

イヌとは、同棲していなくても、何かあれば、すぐに行ける部屋に住んでいた。
だが、もし、春川に行けば、すぐに会えるというわけにはいかない。

ヘリは、その日の仕事を終えた後、検察庁を後にし、
人事異動を記した通知を入れたバッグを下げ、ボンヤリとした面持ちで歩いていた。

まっすぐにマンションに向かう気にならず、
気分を晴らすために、ヘリは街に出ていた。

昔のヘリだったら、こんな気分の時、甘い物を多量に摂取していただろう。
2年前のヘリだったら、ブランド物を大量に買っていたことだろう。

しかし、今のヘリは、ただ、ウインドウショッピングをしている体で、
歩く先、ガラス窓に映った自分の浮かない顔に、ただ吐息をついた。

両親に報告をしなければいけない。

しかし、今はまだ二人が営んでいるパン屋で最も忙しい時間だった。
こんな話を気軽に出来ないこともあったが、それよりも、まだ自分の中で気持ちが揺らいでいたヘリだった。

薄々想像していて、思っていたより冷静に受け止めは出来ていた。
ただ、この先に続く自分の道の選択は、不透明な未来をいずれ現実のものとする。


…これで、いいの?


ヘリは、そんな気持ちで、窓ガラスに映った自分の顔に問いかけた。

そんなヘリを我に返らせたのは、背後で「ヘリさん?」と呼ぶ男の声だった。

ヘリが、ハッとなって後ろを振り返ると、そこに知己の年配の男性がたっていた。

「ホン・ヨナンさん」

ヘリがそう呼ぶと、ホン・ヨナンは嬉しそうな顔で頷いた。

「ボクシングを始めるおつもりですか?」

「え?」

ヘリが、ホン・ヨナンの言葉に、今見ていた窓ガラスの中に目を凝らした。

ヘリが前に立っていた所はボクシングジムだった。

「あ、いえ」

ヘリは、慌てて、ボクシングジムの窓から離れた。

「お仕事帰りですかな。買い物で街にいらした?」

「はい。とくに買い物は無かったのですが、少し散歩してました」

「ソ・イヌ君とこれからデートですか?」

「いえ。イヌは、仕事中だと思います。私は、散歩を終えたら帰ります」

ヘリは、ホン・ヨナンにそう言いながら、イヌのことを考えた。

最近のイヌはとても忙しそうだった。
いつも会っていた週末の休日さえ、返上しているほどに。

それは、ヘリが、少し前、自分の事件にイヌを巻き込んでしまった為では無い、とイヌは言ってくれていた。

『この時期は事務所も忙しい。だから気にするな』と。

週末にゆっくり会えなくても、たとえ夜中でも、電話一本、メール1つすれば、
同じマンションのバルコニーごしに顔を合わせることが出来た。

しかし。

ヘリは、人事の用紙が入ったバッグのベルトを無意識にギュッと握った。

…春川に行けば、そんな風に会えなくなる。

ヘリの浮かない顔に気づいたホン・ヨナンは、ヘリが何か悩みを抱えていることをすぐに察したようだった。

「ヘリさん。紅茶はお好きですか?」

「え?あ、はい。好きです」

きょとんとしながらも、頷いたヘリに、ホン・ヨナンがにっこりと笑った。

「この近くに、私のお気に入りの紅茶専門店があるのですよ。ソ・イヌ君も誘ったことのある店です。良かったら、これから一緒にお茶を飲みに行きませんか?」

ヘリに断る理由は無かった。

ホン・ヨナンは、恋人のイヌが信頼している老紳士だった。

強面で、威厳のある鋭い目つきは、上空を油断無く飛ぶ鷹を思わせたが、気を許した者に対する態度は柔和だった。

大企業を築いてきた有名人。

イヌと3人で一緒に食事をしましょう。というホン・ヨナンの誘いはまだかなえられていなかったが、ヘリ自身、ホン・ヨナンという人物に関心があった。

「ええ、ご一緒させてください」

そう答えたヘリに、ホン・ヨナンが嬉しそうな笑みを浮かべた。


おもむろに、後方を見やったホン・ヨナンのそばに秘書らしき男性が佇んでいた。

後方の道の路肩に、ホン・ヨナンが乗っていたらしき高級車が停まっている。

ホン・ヨナンが男に言った。

「私は、お茶を飲んでから、タクシーで帰宅しますよ。
今日は、ここまでで良いです」

「かしこまりました」

黒いバッグを抱えた男性は、ホン・ヨナンにお辞儀した。
そして、そばにいたヘリにも軽く会釈すると、運転手が待つ車に戻っていった。

ホン・ヨナンと一緒にいた男の乗った車が去っていくと、「さて」とホン・ヨナンは言って、ヘリを促して歩き始めた。

「遠くはありません。ここを5分ほど歩いた所です」

ホン・ヨナンが言った。

「もしかして、ホン・ヨナンさんは、そのお店に行く為にここに寄られたのですか?」

ホン・ヨナンと並んで歩きながらヘリが質問した。

「いいえ。今日は、通りがかっただけですが、ヘリさんにお会いできたので嬉しいですよ」

ホン・ヨナンが朗らかに答えた。

並んでみると、ホン・ヨナンは長身のヘリと同じくらいの身長だった。
それにもかかわらず、大きく見えていたのは、ホン・ヨナンの威風堂々とした態度のせいかもしれない。

高級スーツに身を包んで、まっすぐに背筋を伸ばして歩いている男は、かつてのヘリの父親、マ・サンテがまだ大きな会社の社長だった時の雰囲気に似ていた。

だが、何かが違う。

情報として知っていたことだったが、ホン・ヨナンは、もともと、財閥の後継者として生まれ育った人物だった。

育ちの良さとでも言うのだろうか。
常に、ゆったりと構えた余裕のある空気を感じる。

それは、幼少より、何不自由ない贅沢な暮らしをさせてもらっていたヘリに、どこか通じるものがあった。

イヌのいないところで二人きりになったのは初めてだったが、ヘリは、居心地の良さを覚えながら、ホン・ヨナンと歩いていた。

やがて、喧騒の大通りから、1本裏通りの小路に入った先に、ホン・ヨナンが言っていた店が現れた。

『紅茶専門店』と書かれた看板は、古めかしく、店の外観はアンティークな雰囲気だった。

ホン・ヨナンとヘリが店の扉を開けて、中に入ると、その印象はますます深まった。

薄暗い店内を、橙色の白熱灯の光がやわらかく照らしている。
重厚なカーテン。アンティーク調のスタンドランプ。壁は天井まである作り付けの本棚に囲まれ、その棚の中には、洋書を含めた書物がびっしりと並べられていた。

座椅子には、ソファが配置され、客用のテーブルの上には、それぞれ、小さな花瓶の中に花が生けられている。

客層の年齢は様々だったが、お茶を飲みながらの会話も静かだった。

店内には、クラシック音楽とゆったりとした時間が流れている。

カウンターの中には、店のマスターらしき年配の男性と従業員らしき若い女性の姿があった。

マスターは、ホン・ヨナンを見ると、「いらっしゃいませ」と声をかけた。

常連だということを認識している顔のマスターに、ホン・ヨナンも、頷いて見せた。

「お好きな席にどうぞ」

そう声をかける女性従業員に、軽く手をあげた後、ホン・ヨナンは、本棚近くの奥まった席にヘリを誘導した。

「この席が空いている時は、私の定位置になっています」

ホン・ヨナンがそう言った。

女性従業員が、水とメニュー表を運んできた。

「いらっしゃいませ」

女性も、常連のホン・ヨナンと顔見知りのようだった。

「いつものになさいますか?」

「ええ。私は、いつものにしますよ。でも、注文は待ってください。連れが決まった後で、声をかけます」

「かしこまりました。ごゆっくり」

女性従業員は、ホン・ヨナンとヘリにニッコリと微笑むと、水と開いたメニュー表を置いて、カウンターに戻っていった。

カウンターの向こう側の棚には、さまざまな形の紅茶カップと茶葉の缶が並べられていた。

ヘリは、店の雰囲気がすぐに気にいった。

「良いお店ですね。私は好きです」

そう言うヘリに、ホン・ヨナンが嬉しそうに頷くとメニュー表を見せた。

「ここの紅茶を飲めば、もっと気にいりますよ。ヘリさんは、どんな紅茶がお好きですか?」

「私は、普段は、コーヒーを飲むことが多いのですが、イヌがよく作ってくれるロイヤルミルクティーが好きです」

「ソ・イヌ君が、あなたにロイヤルミルクティーを作るのですか」

ホン・ヨナンがふふっと笑った。

「では、この店のロイヤルミルクティーもいかがですかな?他にも種類はありますが、この店で、とくにおすすめなのは、ロイヤルミルクティーと、シャリマティーです」

「シャリマティーというと、オレンジが入っている紅茶ですか?」

「ええ、そうです。でも、ただ、オレンジが入っているだけではありません。私は、この店のシャリマティーを飲んでから、他の店のものは飲めなくなってしまいました。それくらい気にいっています」

女性従業員が言っていた、ホン・ヨナンの「いつもの」というのは、そのシャリマティーのことなのだろう。とヘリは理解した。


「シャリマティーにも惹かれますが…、私は、今日はロイヤルミルクティーにします」

そう決めたヘリにホン・ヨナンは頷くと、女性従業員を上げた手で呼び寄せ、紅茶を注文した。


女性従業員がカウンターに戻っていくと、ホン・ヨナンはテーブルの上の水を一口含んだ。
そして、スーツの上着の内ポケットから、何かの薬を取り出し口に含むと、水と一緒に呑み込んだ。

心配そうな表情がヘリの顔にでていたのだろう。

ホン・ヨナンは、ヘリの視線に気づくと、「体調を整える薬ですよ」と何でもない風に言った。

「年を取ると、体に不調が出るのは仕方ないことです。運動もして食事にも気をくばっていたつもりですが、若い頃に無茶したつけが出ているところもあります。ヘリさんもまだお若いですが、どうか体には重々気をつけて下さいよ」

「はい」

ヘリも、グラスの水を手にとって、口に含んだ。

共通の話題として、最初にホン・ヨナンからイヌの話を振られると思っていたヘリだったが、ホン・ヨナンは、違う事を口にした。

「何か悩み事でもありましたか?先ほど街でお見掛け時に、とても深刻そうな顔をしていました」

「え?」

ヘリは、驚いて、とっさに頬に手をあてた。

「私、そんな顔をしてました?」

「はい。あの建物のボクシングジムに入ろうか、どうしようか迷っている、というより、あの中に、追っている事件の犯人がいる、という顔でした」

ヘリの職業が検事だと知っているホン・ヨナンが面白そうに言った。

実際に見ていたのは、ボクシングジムの中では無く、ガラス窓に映った自分の顔だったヘリは、恥ずかしそうに、首筋を手でかいた。

「はい。考え事をしていました」

「考え事というのは、恋人のことですか?ぶしつけな質問ですが、イヌ君と何かありましたか?」

「いえ、イヌのことじゃありません」

ヘリは、慌てて、否定するように手を振った。

「少し職場の事で考えることがあったものですから」

「人事異動に関わることでしょうか?」

そう指摘するホン・ヨナンに、ヘリは驚いて、なぜ知ってるのです?という顔をした。

「あたりですかな?ただの直感です」

ホン・ヨナンが、落ち着いた顔で頷いた。

「この時期は、どこもそんな辞令が下ります。私も会社勤めをしていましたから、そのあたりのことは分かります」

大企業のトップに長くいたホン・ヨナンの方が、社会人2年のヘリより知っていることだろう。


「今日、正式に辞令がおりました」

ヘリは、そう言うと、うつむいてテーブルの下で両手を合わせた。



(後編へ続く)



登場人物

マ・ヘリ…ソウル中部地検の検事。
ソ・イヌ…敏腕弁護士、ヘリの恋人。

ホン・ヨナン…イヌの友人。老紳士。


「検事プリンセス」ファンの方、大変お待たせしました。
「追憶の香り」は、数年前に、イラスト付きで予告していた小説です。
その時のイラストと予告記事は、こちら
シーズン1の最終話の1つ前の話であり、未来の夫婦となっているヘリとイヌが出てくる話なので、シーズン3に公開しようかとも思っていました。

夢桜」で仄めかしていた、ヘリの職場異動の話です。

小説の中で登場するホン・ヨナンはオリジナルキャラクターですが、今まで公開した二次小説の中でたびたび登場しています。

刻印
素顔のあなた

ホン・ヨナンは、検事プリンセス二次小説シリーズ、シーズン2の中で、かなり重要人物として登場予定でした。(プロットだけでもシーズン3まであります)

シーズン2、シーズン3は、作品にみつばのオリジナル要素が強くなってきます。
・・・もう、読者さんが残り一人になるまで二次小説は書く、が現実のものになってきてますが、
ドラマ後の世界を濃く引きついで書かせていただいたシーズン1は、今度こそ完結させたいです。

【拍手コメントレス】

大丈夫です。みつばのブログを読む方が減っただけで、
検事プリンセスファンの方は減っていません。まだどこかにいらっしゃるはず。
イヌ×ヘリ好きの方も。ソビョン病も。
みつばは、ソビョン病と、今は陳情令熱に浮かされてますけど。
年を取ると、複数の病気を抱えるようになるものです(笑)←笑えない。


(連絡)
「陳情令」記事の方への拍手コメントを書いてくださった方、ありがとうございます!
初めて書いてくださった方も何人かいらしているので、「陳情令」記事の時にお返事させて頂きます。


ドラマを知らなくても小説を読んでくださった方、検事プリンセスファンです。という方も。
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「みつばのたまて箱」 ブログ開設9周年記念二次小説、第1弾。
共通テーマ「存分にイチャイチャ出来ない部屋に恋人達が泊ることになったら?」

韓国ドラマ「検事プリンセス」の二次小説「差止請求」です。

みつばの「検事プリンセス」の他の二次小説のお話、コメント記入は、
検事プリンセス二次小説INDEX2」ページからどうぞ。
このブログに初めていらした方、このブログを読む時の注意点は「お願い」を一読してください。


ほのか~に、大人向けの話。



差止請求



イヌとヘリが、その日泊まったホテルの部屋は、
廊下を人が通る足音や、隣の部屋のシャワー音も聴こえるほど壁が薄いところだった。

普段だったら、このようなホテルに泊まる二人では無かったが、
今夜は、ここに泊まらなくてはいけない事情があった。

避けきれない事情に、ヘリは致し方ないという気持ちで現状を受け入れていたが、これから起こることに関しては、そうでは無かった。

「イヌ…」

ヘリは、ベッドの上で、自分に覆いかぶさっている男の名を小さく呼んだ。

…シングルサイズベッドが2つある部屋の中で、きっと朝まで1つしか使われない。

そんな確信をもって、そして、今夜は、それを阻止したい思いで、ヘリは恋人のイヌに言った。

「今夜はやめておきましょう」

なにをやめようと言っているのか分かっていて、イヌは惚けたような顔をした。

「どうしてだ?」

「だって…ほら。聞こえるでしょ?隣の部屋のテレビの音すら漏れてる。
廊下だって、人が歩く音すら聞こえるのよ。こんな部屋でしたくない」

「マ検事さんは、そういうところが意外に堅実だよな。人の思惑なんて気にしないって言動で、人を振り回すのがお得意なのに」

「しーっ。ここで検事なんて呼ばないで。誰に聞かれるか分からないのよ?ソ弁護士。
見張っている奴らに、ばれたら困るわ」

「張り込みでも、潜入捜査でも無く、君の趣味の尾行だろ?」

…僕には関係ないね。

我、関せず。

そんな態度で、事をすすめようとするイヌの体をヘリは下から必死に押し上げた。

「この隣の部屋にいるのは、私が担当している案件で追っている犯人グループの一味かもしれないの。偶然こんなところで会ったけど、これも縁よ。見逃せないわ。それに尾行はあなたのお得意分野じゃない。そうでしょ?元ストーカーさん?」

チクリと嫌味を言うヘリにイヌは苦笑を浮かべた。

「袖振り合うも多生の縁、とは言うけど、僕は、今日、君の腕が通りすがりに奴らに偶然触れた縁なんていらなかったよ。とくにデートしている最中はね。一緒にいる女性が恋人より、被疑者候補に夢中になるのを愉快だと思えない僕の気持ちも察してくれ。ヘリ」

イヌの言うことは最もだったが、ヘリも後には引けなかった。

「向こうは私の顔も正体も知らない。それに、今日は貴方も一緒だった。
恋人として、ホテルに泊まるのは自然だったのよ。それに、あなたも協力してくれるって言ったじゃない」

「言ったよ。だから、君も、それなりの報酬を払ってくれ。僕の依頼料が高いこと。知ってるだろ?」

「悪徳弁護士」

ヘリが、小さい声で悪態をつくと、イヌを軽く睨んだ。
しかし、本気で嫌悪はしていなかった。

ヘリは憎まれ口の減らない恋人との応酬には慣れていた。

それに、なんだかんだ言って、ヘリは、イヌが自分を助けてくれることを知っていた。
ヘリを心配しているところもあったが、イヌも、こういう事態に胸を躍らせる性格だと思っていたからだった。

ただ、それは、半分以上ヘリの勝手な思い込みで、イヌからすれば、巻き込まれた感たっぷりの、はた迷惑極まりない結果に過ぎなかったのだったが。

…これくらいの報酬は受け取っていいだろ。

ベッドの上で、
そんな想いが、顔にありありと出ている恋人を、ヘリは何とか保っている理性で、辛抱強く押しとどめていた。

本当なら、今夜、もっと素敵なホテルの部屋で。
こんな声や音を気にせずに、甘い時間を共に過ごせていたのに。

報酬なんて名目じゃなくて・・・。

ヘリのそんな本心もイヌにはお見通しだった。

イヌが、ヘリの横顔に乱れた髪を、整った指先でかき上げ、
露わになった頬にキスを落としていく。

耳元に感じるイヌの熱い吐息に必至で抗うように、ヘリはギュッと目を閉じた。

イヌの手がヘリの上着の中に滑り込んだ時、
ヘリは、「卑怯よ」と小さく抗議した。

「今夜は、しないって言ったのに」

「それは、君が勝手に取り決めた約束だ。僕は承諾していない」

「でも・・・あっ!」

イヌから与えられた刺激に、思わず反射的に声を上げたヘリは、ハッと自分の手で口をおさえた。

「しーっ…」

イヌが、ニヤリと笑って、人差し指を唇に当てていた。

…仕掛けておいて。どこまでも意地悪な男。
人が必死で我慢している姿を見て悦んでる。

ヘリは、拗ねたように頬を膨らませた。

「イヌ。いい加減にしないと、私にも考えがあるんだからね」

「へえ?どんな考え?」

「今後、もう二度と、こんな事をさせないんだから」

「それ、すぐに、君が自ら棄却しそうな請求だな」

「イヌっ」

憎まれ口の応酬の間も、イヌから容赦なく、身体に与えられる甘い刺激にヘリは陥落しそうになっていた。

そんなヘリに、イヌはとどめを刺すように、顔を寄せた。


「…声を聞かれたくないっていうことには、協力するよ」


ヘリの耳元で、そう低く魅惑的な声で囁いたイヌは、口をふさいでいたヘリの手を脇に退けた。

そして、ヘリが次の言葉を発する前に、その口を唇で塞いだ。

…安心しろ。不逞の輩たちに、君のこの可愛い声を聞かせはしないよ。

イヌの、そんな心の声は、ヘリには聞こえなかった。
ただ、イヌの首に両手を巻くと、目を閉じた。

…もう。仕方ない人ね。
でも、仕方無いのは私の方。
結局、この男に抗えないんだもの。

そんな事を思いながらヘリは、
キスに応じ、イヌの愛撫にその身を委ねていった。




(終わり)




本当に、ただイチャついているだけのミニ話。


本来、「差止請求」って言葉は、こういう時には使いません。
この二次小説の二人の言葉遊びみたいなものです。

あいかわらず、一直線なヘリに振り回されるイヌの話。
それでも、最終的に、自分のペースにヘリをちゃんと誘導する。
さすがソ弁護士~というところで。
ベッドの上でもsっ気たっぷりですから。←みつば妄想の中で。

二人の会話は書いていると楽しいです。
弁論では、やはりイヌの方が上なので、普段は言い負かされちゃうかもしれませんが、ヘリだって、仕事でスキルを磨いてきています。プライベートではともかく、法廷に立ったら…。
二次小説では二人が同じ法廷に立つのを、回避させたのですが、俯瞰では見てみたい思いがあります。

これは、ブログ開設記念日の書き下ろし作品で、二次小説シリーズの新作ではありません。
新作の短編更新まで、しばらくお待ちください。


※ ブログ開設9周年記念小説、第2弾
「陳情令」の二次小説は、昼12時更新の予定です。


【拍手コメントレス】

今年も無事、この日をむかえることが出来ました。
「検事プリンセス」ファンの方、このブログへの応援も長い間ありがとうございます。

最初に書いた記事に、初めて拍手を1つ頂いた時、
どなたかは分からないけど、見てくださった方がいる~!という感動を今でも覚えています。
ただ、初期にアップしたブログ記事を、今は、直視出来ません(苦笑)

「陳情令」を視聴予定の「検事プリンセス」ファンの方。
原作はBLで、みつばの二次小説もBL設定ですが、ドラマは、そういう要素を抜いて視聴しても大丈夫です。
映像も音楽も美しく、美青年俳優、に美女優さん達が、これでもか!ってほど出演されているので、とっても目の保養になりますよ♪

「陳情令」ファンで、「検事プリンセス」の二次小説の方も読んでくださっている方、ありがとうございます!
ドラマの方は全部視聴されました?ドラマ後半、ヒロインに近づいた謎の男の正体が明らかになった後の、ドラマ展開の切なさといったら・・・(涙)ヒロインを愛してるのに、「愛してる」と言えない男と、二人の関係に萌え萌えします。
プチトマトの二次小説(笑)。今年も、みつば家のベランダでプチトマトが栽培されています♪


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韓国ドラマ「検事プリンセス」の二次小説
「バレンタイン記念日2020」です。

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検事プリンセスの書き下ろし短編です。

大人向け描写があります。
自分は精神的に大人だと思う方だけお読みください。





バレンタイン記念日2020



「ただいま」

夜遅くに仕事から帰宅したイヌは、
小さな声で言って、自宅のドアを静かに閉めた。

しかし、物音に気付いたらしい妻がリビングから出てきた。

「おかえりなさい。イヌ」

「すまない。遅くなった、ヘリ」

「いいの。寒かったでしょ。早くリビングに入って暖まって」

「ああ、その前にこれを。ハッピーバレンタイン」

そう言って、イヌは手に持っていた花束をヘリに差し出した。

ヘリは、嬉しそうにその花束を受け取った。

「ありがと」

花束の中に、イヌが好きな、そして、ヘリも好きなフリージアの花も入っていた。
いつもの花屋で、購入したのだろう。

「花瓶に飾るわね」

先に歩き始めたヘリがリビングに向かう扉の前で手招きした。

イヌがリビングに入ると、暖房で暖められた空気が体を取り巻いた。
イヌはほっと息をつくと鞄を椅子の上に置いて、周囲を見渡した。

外の空気が冷え込んでいる為だけでなく、部屋の中もやけに静かだった。

「子どもたちは実家に?」

「ええ。今日はあっちでお泊りするんだって。子ども達も喜んで行ったわ」

「そうか…」


バレンタインデーだから、と、ヘリの母親、エジャが気をきかせて、子ども達を預かってくれたのだろう。
それなのに、仕事の都合で帰りが遅くなり、申し訳ないことした、というような表情になったイヌをフォローするように、ヘリがキッチンから言った。

「ママ、今夜は孫たちと一緒に眠れるって、子ども達と同じくらいはしゃいでたわ」

「お母さんに喜んでもらえて良かった」

「ええ。待っていて、すぐに夕飯の用意をするから」

「君の食事もまだか?」

「うん。イヌと一緒に食べようと思って」

「お腹がすいただろう。僕が料理するよ」

「大丈夫。下ごしらえは終わってるの。ほら、海鮮鍋を準備してるわ」

ヘリが、花を生けた花瓶を手にダイニングテーブルの椅子に座っているイヌのところに戻ってきた。
そして、花瓶を置くと、またキッチンの方に戻り、冷蔵庫を開けて、中から下ごしらえした海鮮鍋の材料を取り出し始めた。

イヌは、ダイニングテーブルの上に置かれていた鍋の蓋を開けた。

中に、だし汁が入っている。

材料は食べやすい大きさに綺麗に切り添えられ、皿に盛りつけられていた。

「美味しそうだな」

「海鮮鍋に失敗した時の為にラーメンも用意してるの」

ヘリが悪戯ぽく笑ってラーメンの袋をひらつかせた。

それは、ヘリの冗談で、今のヘリの料理の腕では、海鮮鍋が失敗することなど無かった。

ただ、昔の思い出を含んだヘリの言葉に気づいたイヌも、口元を綻ばせた。

「その時は、僕がラーメンを作るよ」

「キムチも入れてね」

ヘリが言って、イヌが笑った。

そうして、
イヌとヘリは、二人で作った海鮮鍋を堪能した後、キッチンで一緒に片付けをした。

「しかし、静かに感じるな。寝ていても静かだけど、あの子たちが、家の中にいないという事が不思議に感じる」

イヌが言った。

「そうよね。家の中に本当に二人きりっていう感じが久しぶりよね」

「そういえば、君は、今日は酒を飲んでいないな」

「あら、本当だわ。バレンタインデーだからって、奮発して高いシャンパンも買っておいたのに」

「後片付けを終えたら一緒に飲むか?」

「ええ。でも、その前にイヌは風呂に入ってきたら?」

仕事疲れもあって、酒が入れば睡魔が襲うだろう。
ヘリは、そんな気遣いでイヌに風呂を進めた。

「そうだな。じゃあ…」

イヌは、軽くすすいだ最後の皿を食洗器に入れセットした後、ヘリを振り返った。

「一緒に入るか?」

「え?」

ダイニングテーブルを布巾で拭いていたヘリが、顔を上げた。

「久しぶりに。二人きりで風呂に」

微笑んではいるが、真面目な誘い顔のイヌにヘリは無償に照れくさくなった。

もう照れる年でも、付き合いでも、経験でも無いのだったが。

「…いいわよ」

周囲に誰もいない事が分かっていながら、ヘリは、頬を指でかきながら、目を泳がせた。

そんなヘリの顔にイヌが微笑を浮かべると、風呂の準備に向かった。

風呂に湯を入れた後、イヌとヘリは一緒にバスルームに入った。
イヌが先にシャワーを使用している間、ヘリは、花の香りのする泡風呂に入り、泡を手ですくったり、吹き付けたりして戯れていた。

そして、ヘリがシャワーを使用した後、
何とか二人一緒に入れる大きさの風呂の中に半身を沈めた。

「…狭い」

照れ隠しに小さく言ったヘリにイヌが笑った。

「体型も、マ・ヘリ節も変わらないな」

二人の子どもを出産していたが、ヘリの体型は10年前とほとんど変わっていなかった。

「あなたもね」

ヘリは、イヌの脇腹を手でつついた。

イヌの体型も、早朝や休日にジョギングやトレーニングを欠かさなかった成果が表れていた。

夜、ベッドの上で愛を交わしてはいたが、明るいバスルームの中で二人きりで互いの体をまじまじと観察するのは最近では珍しいことだった。


「…傷ももうほとんど目立たない」

ヘリはポツリと呟いて、自分の腹部に手を置いた。

ヘリは二人目の子どもを帝王切開で出産していた。

最初の頃は、ビキニを着ると隠せない手術痕ではあったが、
今では目を凝らさないと分からないくらいに消えかけていた。

泡風呂の中でそれは見えなかったが、イヌがそっとヘリの手に自分の手を重ねた。

傷痕が消えても、体調を崩した時に少し痛みを感じると言っていたヘリ。

命がけの出産で、あの時のことを思い出すたび、イヌは今でも、ここにいるヘリと子どもが無事だったことに感謝するのだった。

イヌは、労りと慈愛の気持ちを込めて、横にいるヘリにキスをした。

軽いキスのつもりだったが、唇を重ねた後、物足りない想いがイヌを支配した。

それは、ヘリも同じだった。

互いの腕を伸ばして、体を絡め合うと、イヌとヘリは抱き合って、今度は深い口づけを繰り返した。

湯で温まった身体が、別の意味で火照りだし、その熱の行き場を探し出した。

「熱いわ…」

ヘリは、囁くと立ち上がって風呂から出た。

その動きに合わせて、キスをしていたイヌも一緒に立ち上がった。
そして、抱き合ったまま、ヘリの体をゆっくり、バスルームの床に押し倒した。

「…こんなところで?」

今は、バスルームだけでなく、家の中に二人きり。
遠慮することなど無いのに、小さな声で囁くヘリにイヌが微笑を浮かべた。

「今しか出来ないところでしよう」

「じゃあ、この後、キッチンに行く?」

おどけて言うヘリに、「それもいいな」とイヌが笑って、ヘリに体をふせた。

床面に背中をつけたヘリが冷えないように、イヌがシャワー栓をひねって、熱い湯を降り注がせた。

「ん…っ」

イヌとヘリは、キスと愛撫を繰り返しながら、狭いバスルームで体を重ね、
ヘリが、ひときわ甘い嬌声を上げ全身を震わせると、イヌがそっと身を離した。

「…イヌ。あなたは、…まだでしょ?」

ヘリが、イヌの顔を手で撫でながら下から言った。

「君もまだ足りないだろ?」

イヌの問いかけに、ヘリが小さく頷いた。

「場所を変えよう」

…もっと思いっきり君を抱ける場所に。ここは狭い。

そう伝えるイヌに、ヘリが「本当にキッチン?」と今度は真面目に聞いて、イヌを笑わせた。

そして、バスローブを羽織り、床に横たわったヘリの身体をもう1つのバスローブで包み抱きかかえると、夫婦の寝室の方に向かった。



「今夜は思いっきり声を上げていいんだ。可愛い声を聞かせろよ」


行為の最中。

そう耳元で囁くイヌの甘い声に煽られて、ヘリはベッドの上で、何度も理性を手放した。


やがて・・・。

ベッドの上で布団にくるまり、くったりと脱力しているヘリの所に、
キッチンに行ったイヌが冷えたシャンパンとグラスを2つ持って戻ってきた。


そして、ベッドに腰掛け、シャンパンをグラスに注いで、1つをヘリに渡した。

ヘリは、身を起こし、ベッドのヘッドボードの枕に背を預けると、シャンパングラスをイヌの方に掲げた。

「私たちの何度目かのバレンタイン記念日に」

「おおざっぱだな。ちゃんと回数くらい覚えておけ。記憶力がいいんだから」

「あなたが今まで何をしてくれたかは、ちゃんと覚えてるわ」

そう言って、ヘリはイヌとグラスを合わせると、美味しそうにシャンパンを口に含んだ。

「あなたへのバレンタインの贈り物。さっき渡しそびれちゃったけど、リビングに置いてあるの。ジョギングする時に着るパーカー。私がデザインしたの。そして、私とお揃い」

「ピンク色じゃないよな?」

「それは、見てのお楽しみ」

そう、悪戯っぽく笑うヘリにつられて、イヌは苦笑を浮かべた。

「僕からは、君の欲しがっていたバッグを。注文していたが、今日に間に合わなかった」

「いいの。待ち遠しく思うわくわく時間が長くなるから。それに、そのバッグで仕事をするのも楽しみ」

「君の新しい相棒と、仕事を一緒に頑張ってくれ」

「ええ」

イヌとヘリは再び、シャンパングラスを合わせると、中身を飲み干した。


「…イヌ、私、もう、眠い…」

あくびをしたヘリは、トロンとなってきた瞼を必死に開けていた。

「眠ればいい」

「でも、シャンパン、まだ1杯しか飲んでない」

「明日、飲めばいい。残しておくから」

イヌより早く帰ってきてはいたが、最近のヘリも仕事が多忙だった。

疲れのたまった週末で、さらに平日の夜より、“ちょっと激しい運動”をしたせいで、
睡魔が早くに襲ってきたのだろう。


「明日は休日だ。ゆっくり休め」

「…イヌは?」

「僕は、少し仕事をしたら寝るよ」

「無理しないで」

「運動した後、体をクールダウンしてから寝る理由もある。そんなに時間はかからない」

「うん…」

「明日は、何時頃に子ども達を迎えに行けばいいのかな?」

「昼頃でいいって、ママが。そして、実家で一緒にランチを食べましょうって」

「お母さんの手作りのご飯か。楽しみだ」

「きっと、ママは、イヌの好物もいっぱい作るから覚悟しておいてね」

ヘリは、ニッコリと笑うと、また、あくびをした。


「…おやすみなさい…イヌ」

シーツの上に沈むように横たわったヘリに、イヌが布団をかけた。

そして、ベッド脇のサイドボードの上のランプの光を常夜灯にした。

ヘリの目はすでに閉じられていた。


「おやすみ。ヘリ」

イヌは、ヘリの額にキスを落とした。

そして、常夜灯の灯に照らされた、ヘリの寝顔を見つめ、優しい微笑みを浮かべた。



「今年も、君と一緒にバレンタインを過ごせて嬉しいよ」


イヌの囁きが夢路に入ったヘリに届いたかのように、ヘリがフフッと小さく笑った。



(終わり)



「検事プリンセス」ファンの読者さんへ。

「ゲレンデへいこう」間に合いませんでした。ごめんなさい。
代わりに、2020年のバレンタイン(リアルタイム)のイヌ×ヘリの物語を書き下ろしでお届けします。

もう、4コマ漫画バージョンやパラレル話でほのめかしていたので、未来の話の完全ネタバレになってます。

イヌとヘリは結婚していて、子どもは二人。(みつばの二次小説の世界の設定)
そして、これも、未来話でほのめかしていたので、もう書いてしまいますが、
みつばの二次小説の中で、イヌは仕事を独立しています。
でも、ドラマに出てきた法務法人「ハヌル」には戻っていません…という設定です。

ドラマ本編の16話で就職した事務所をどうして辞めたのか?や、どういうところで働いているかの理由は、二次小説を更新出来ていたら、「ゲレンデへいこう」の後の長編シリーズ3話の中で徐々に出てくる予定でした。

この「バレンタイン記念日2020年」の話は、みつばの「検事プリンセス」二次小説では、最終回直前あたりの話になります。

予定していた二次小説の最終回は、10年後の話だからです。

みつばの二次小説の世界では最終回と最終話があって。
今までに雑記でも書いてましたが、もう。本当にみつばが「検事プリンセス」の話を、これ以上書けません!ってなった時、最終手段で、この2話と結婚式の話は最後に更新したいです。

独身時代のラブラブなイヌ×ヘリとは違う雰囲気です。
10年後…結婚して父母になった中年のイヌ×ヘリではありますが、変わらず絆の強い美形カップルだと思っています。

このイヌ×ヘリになる前にいろんな事があるのですが(みつばの二次創作の世界では)
先に、未来の話のイヌ×ヘリを、ほんの少しお見せしました。

もうシリーズの流れに関係なく、イヌ×ヘリ話は、書けるものをアップするかもしれませんが、「検事プリンセス」、まだ好きな方がいれば読んでくださいね。

それでは、これを読んでいる皆さまも楽しいバレンタインデーをお過ごしください♪

さあ、みつばも今から、家族にばら撒くのと、自分が食べるチョコを買いに行こう(笑)


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「検事プリンセス」二次小説INDEX

・恋人としたい33のリスト2の3話(最終話)

「検事プリンセス」二次小説INDEX2

(シリーズより時間が経過した後の話に)

・旧正月

(短編・書き下ろし話に)

・運動は朝起きた後に 

それぞれ、リンクを更新しました。

旧正月は、番外編の「MISS YOU」を更新後、
他数話と共にシリーズの方に入れる予定です。
(ようやく未来の話に時間が追いついてきた(涙))

あとは、「ゲレンデへ行こう」を完結させて、
短編を更新したら、他話も結構シリーズの方に以降できそうです。

そうしたら、後は、長編3部作…予定。

その後もプロット続いてますが、
とりあえず、この3部作が完成したら、自分で自分を褒めてあげたい。
そんな気持ちで、これからも完成目指します♪

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「恋人としたい33のリストの3話(最終話)です。

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↓どんな話か忘れたという方に。

「恋人としたい33のリスト2」 1話 2話



恋人としたい33のリスト2(3話)




遊園地についたヘリとイヌ。

「イヌ、イヌっ!今度はあっちよ」

遊園地のパンフレットを片手に、もう片方の手でイヌの手を引きながら、
ヘリは遊園地の中を駆け巡っていた。

ともすれば、親子連れで来ている子ども達よりはしゃいだ姿に、イヌが苦笑した。

「ヘリ、君は酔いやすい体質じゃなかったか?こんな乗り物に乗って大丈夫か?」

「私、ジェットコースターは子どもの頃から大好きなの」

ヘリは言った。

「イヌは駄目?もしかして怖いとか?」

「全然。よし、乗ろう」

「うん!」

こうして、順番に並び、意気揚々とジェットコースターに乗り込んだヘリとイヌだったが…。

数十分後、ベンチにぐったりと座り、ハンカチを口にあてているヘリに、イヌが冷たい飲み物を差し出していた。

「平気か?興奮しすぎて気持ち悪くなったか?」

「…昔は平気だったのよ。おかしいわ。体質が変わったのかしら」

ジェットコースターで酔ったらしい。

休んでいて、気持ち悪さは薄まってきてはいたが、
まだ頭の中がぐるぐるする感覚にヘリはうつむき加減で目を閉じていた。

「もっと、他の乗り物もいっぱい乗りたいのに」

「日頃の疲れもあるのかもしれない。無理するな。それに、今日だけじゃない。また来ればいい」

イヌの労わりの言葉に、ヘリは「ええ」と答えると目を開けた。
そして、イヌが買ってきてくれた飲み物を口にすると、軽い吐息をつき、
チラリと別の乗り物の方を目にした。

「あれ、なんて、もっと駄目よね?」

コーヒーカップ型の乗り物がグルグルと回り、乗っている人々の楽しげな笑い声や悲鳴が聞こえる。

「今日は止めておけ」

イヌがきっぱりと言った。

「アトラクションでも、回らないものにしよう。あれなんてどうだ?
回らない上に涼しくなれそうだ」

イヌが指さした方向を見て、ヘリは青ざめた顔で勢いよくかぶりを振った。

それは、お化け屋敷だった。
ヘリが怖がりだと知っていて、からかっているらしいイヌをヘリはジットリと睨み付けた。

「嫌よ。あの中に入るくらいなら、ジェットコースターにもう一回乗るわ」

ハハハ、と楽しげに笑った後、イヌはヘリの持っていた飲み物を受け取り、自分の口に運んだ。

「とにかく、無理して楽しむことは無い。他に乗りたいものがなければ遊園地を出て、他のリストを消化しに行こう」

「…じつは、まだどうしても乗りたいものが1つあるのだけど、いい?」

もじもじしながら、ヘリがイヌの顔を窺うように見た。

「いいけど、何だ?」

急に低姿勢になった、らしくないヘリの態度を訝しがりながら、イヌは首をかしげた。

答えはすぐに分かった。

ヘリの乗りたがった乗り物の順番に並んでいる途中、前後でイヌをじっと見つめる幼い少女たちの視線に苦笑で応えながら、イヌはこの時間が早送りにならないかと心の中で念じた。

それは、全体がピンク色で可愛くコーディネートされたメリーゴーランドだった。

子どもにつきそっている父親もいたが、カップルで乗っている人は、イヌとヘリよりずっと若いカップルだけだった。

「イヌは馬に乗ってね。私は馬車に乗るから♪」

ヘリは、もうイヌの思惑などお構いなしの様子で、嬉々としてメリーゴーランドの中に入った。
そして、「相席良いですか?」と伺ってきた親子と一緒に馬車型の乗り物に乗り込んだヘリは、近くの馬型の上に座るイヌに手を振った。

「あのお兄ちゃん、お姉ちゃんの恋人?」

「そうよ」

同席した小さな少女が臆面もなくそう聞くのを照れもせずにヘリが答えた。

「王子様みたいでしょ?」

「うん、じゃあ、お姉ちゃんと私はお姫様だね」

「そうよ。これから舞踏会に行くの」

「シンデレラ!」

馬車の中で、少女ときゃっきゃっとはしゃぐヘリは、少女と同年代に見えた。

ヘリは、こんな少女時代から憧れていたのだろう。
未来の恋人と一緒にメリーゴーランドに乗ることを。

イヌは、ヘリの顔をずっと見つめ、メリーゴーランドに乗っているという羞恥心を忘れることに集中した。


「ありがと。楽しかった」

メリーゴーランドから降りた、ヘリはしごく満足そうに言うとイヌの腕に手をからめた。

「次はどうする?」

「ランチを食べたら遊園地を出ましょう。次のところに行きたいの」

「次は…」

イヌはリストを見た。

「この場所は…僕も行ったことが無いな。近くにあるか探してみよう」

「最近出来たの。私が案内するわ」

ヘリとイヌは遊園地内のフードコートで軽食をとると、ヘリのナビで水族館に向かった。

そこはまだ新設されたばかりの水族館のようだった。
イヌが昨年韓国にいた時には無かった。

「今年の冬にオープンしたの。私は1度一人で来たことがあって…」

水族館の中に入ったイヌとヘリは、手をつないで館内を見てまわった。

薄暗い館内で、青く光る水槽の中を悠々と魚たちが泳いでいる。
ヘリは、それらを見ながら、水槽のガラスに映る自分と手をつなぐイヌの姿を目で追った。

「恋人としたいリストをつくった時に、将来、恋人になった誰かと来たいと思っていたの。
ただ、この水族館に来た時、あなたのことを思いだしてた。
もし、あなたに会えたら、そして、一緒にいられるなら、ここに来たいって思ったの」

水槽の前で、視線を前に向けながらヘリが言った。

「素敵な水族館でしょ?どう?」

「ああ、気にいったよ」

「ここにも又一緒に来ましょうね」

ヘリの言葉に、イヌは、横にいるヘリの方に目をやった。
ヘリもイヌの方に顔を向けた。

臆面もなく、微笑んでいるヘリの顔に、イヌは愛しさを募らせて、
思わずキスを落したい気分になった。

だが、人目の多い中、イヌはその想いをつないでいるヘリの手に込めて、握りしめた。



ヘリとイヌが水族館を見終わり、
外に出ると、もう薄暗い夕暮れ時になっていた。

「次は…」

イヌがリストの紙を眺めるのを、ヘリは恥らった顔で上目使いに見ていた。

「…行くの?」

「行くよ」

イヌがきっぱりと言った。

「君の望んだリストだ。この後におよんで行かないとか言い出さないよな?」

「行かないとは言ってないわ。でも…」

「あそこに行きたいんだろ?城みたいな外観の」

顔を赤らめて無言になるヘリの手をとって、イヌは車に乗せた。

そして、車のナビ通りに運転をして、目的地についた。

美しい城のような外観のホテル。
そこが、ただの“モーテル”では無いことは、ヘリには分かっていた。

イヌと一緒にホテルに入ることも初めてだったが、
このようなモーテルに入るのも初めてだったヘリだった。

「…リストの中で、これを見られるのがすごく恥ずかしかったわ。他にもあったけど…」

「高級ホテルじゃなくて、こんなホテルに恋人と行きたいって思うことがか?」

部屋に入り、意外にも、ヘリが想像していたより落ち着いた造りの広いベッドに腰を下ろしたイヌが面白そうに聞いた。

「だって、高級ホテルなら子どもの頃からいっぱい行ったことがあるんですもの」

他人が聞けば唖然とするような言葉をヘリが口にした。
今は違うが、ヘリは金持ちの社長令嬢として優雅な生活を送っていた。
父親のサンテは一人娘のヘリを上流階級の女性として育てたかったようで、子どもの時から、一流のものに触れさせていた。

「でも、学生時代、周りの人達が、こんなホテルに行ったとか口にしていたのを聞いて、ちょっと羨ましかったの。なんだか楽しそうで。一度ね、ユナを誘った時があったのだけど、きっぱり断られちゃった。ハハハ」

「当然だな」

ユナに同情しながら、イヌも苦笑した。

「それで、どうだ?楽しめそうか?」

イヌの問いに、ヘリは、「ん~…」と顎に指をあてながら、部屋の中を見渡した。

期待と夢を膨らませていた少女時代ではあったが、実際に来てみると、特に感慨がわかなかった。
恋人と一緒に来たのに。夢はかなったのに。


…どうしてかしら?

ヘリは不思議に思いながら、立ち上がり、部屋の中を見てまわった。

風呂やキャビネットの上に、ボトルや、小さなグッズが並べられている。
ヘリは、それらが何をするものかよく分からなかったが、何となく直視することが出来ない気持ちで目をそらした。

もちろん、イヌに聞くことも出来ない。

ヘリはクローゼットの扉を開けた。
そして、その中に入っていた物にヘリは興味をしめした。

「ねえ、イヌ、面白い物を見つけたわ。ちょっと待ってね」

そう言って、しばらくイヌが待っていたところに、ヘリが戻ってきた。

「ねえ、見て。こんなコスチュームが置いてあったわ」

イヌが顔を上げると、そこに白いフリルが沢山ついた黒いドレスに着替えたヘリが立っていた。
スカートの丈は短く、袖は無く、胸元は大きく空いている。

いわゆるセクシーなコスプレというもので、ヘリのそういう姿を過去に見ていたイヌでも、可愛さに目を惹くものではあった。

だが、そのコスチュームより、イヌが注視したのはヘリの頭の上だった。

ヘリの頭に、可愛いヘアバンドがついていた。

それを見た時に、イヌは、…そういうことか。と心の中で思った。

今日1日、ヘリの「恋人としたい33のリスト」につきあってデートしていたイヌだったが、何かがずっとひっかかっていた。

もちろん、恋人のヘリと一緒にしているデートは楽しかったが、なぜか初めてのことばかりなのに、懐かしい気持ちになっていたのだった。

その正体が今分かったとイヌは思った。

「昔、君はこんなヘアバンドをつけていたな」

そう言うイヌにヘリが驚いた顔をした。ややあって、思い出したようなヘリが聞いた。

「カチューシャと言って。でも、それって…私達が初めて会った時のこと?」

イヌが頷いた。

初めてヘリとイヌが、ヘリの自宅の前で会った時。
少女のヘリは少年イヌの前でこんな姿で現れた。
手には母の作ったカップケーキとバナナジュースを持って。

イヌは、今日のデートのヘリを、少女時代のヘリと重ねて見ていたのだった。
おそらく、あの頃のヘリが憧れて、恋人としたいと望んでいたことを、今大人のヘリが実現している。でも、はしゃいでいたヘリは、少女の心のヘリに見えていた。

そして、イヌも、あの頃の少年時代のイヌのようだった。

ヘリは、イヌの隣に腰かけた。

「よく覚えていたわね。そんな服装まで覚えてるなんて、当時の私、そんなに可愛かった?」

「可愛いかどうかは、よく覚えてない」

イヌが素っ気なくうそぶき、ヘリは頬をふくらませた。

「ただ、今日、あの頃の君と一緒にいるような気分だった」

「そうなの?」

「ん…」

イヌが頷き、微笑した。

「だからかな、今の僕だと恥ずかしいことも大丈夫だった」

「やっぱり、恥ずかしかったのね」

「ペアルックはね」

イヌが言って、自分の服の裾をひっぱると、ヘリは楽しげに笑った。

「昔のあなたでも着てくれたかしら?今のあなただから、つきあってくれたって思ってるけど」

「たしかに」

昔の自分だったら、ペアルックでデートなど絶対に断っていただろう。

んー…、とヘリがちょっと考えた素振りをすると言った。
「私のリストは、昔の私達のデートみたいだったってことね」

「君が昔に考えたものだからだろ?」

「じゃあ、今は?」

悪戯っぽい目でヘリはイヌの顔を覗き込んだ。

「今の私達のデートは?」

「・・・・・・」

何かを期待しているヘリのキラキラしている瞳に、イヌが苦笑すると、
その唇にそっと軽いキスを落した。

「ふふっ…」

恥らって笑うヘリの顔は少女のものではなく、大人のそれだった。

イヌは、ヘリの両肩に手を置くと、後方のベッドにヘリの身体をゆっくり押し倒した。
そして、黙ったまま見上げているヘリに身を伏せると、その頬に口づけを落した。
そのまま、愛撫を続けようとしたイヌだったが、ヘリの手がそれを遮った。

「待って」

「…まだ気分がのらない?」

「ううん。違うの。そうじゃなくて」

ヘリが気まずそうに言った。

「私、ここじゃない方がいい」

「え?」

「マンションの部屋の…ベッドがいい」

後半、ヘリの声が小さくなったが、イヌにははっきり聞こえた。

「今日、イヌとリストを達成したから、最後はイヌの部屋で過ごしたいの。
ここに来るのは昔の私の夢だったけど、今の私はそれを望んでる。それが分かったの」

ヘリが続けた。

「この続きは、この部屋じゃなくて、あの部屋の、あのベッドがいい。…だめ?」

「いいよ」

イヌは頷くと、立ち上がり、ヘリの手を取ると、その体を引き起こした。

「君のリストの続きはまた今度。今は俺のしたいリストにつきあってもらおうか」

「あなたのしたいリストって何かしら?何だか教えてもらうのもためらっちゃいそう」

ヘリが朗らかに笑って、イヌもつられて笑った。

そして、目が合うと、もう一度顏を寄せ合って唇を重ねた。

キスの最中、薄目を開けたヘリの目前に、開いた部屋の窓から夜景が見え、
先ほど行った遊園地の観覧車もネオンで小さく光っていた。

…あ、あれ、乗り忘れていたわ。

ヘリは、遊園地でメインに乗りたかった物をすっかり忘れていた。

でも、あせることは無い。
これから先、恋人と一緒に行く機会はまだまだあるのだから。


「…帰るか」

「うん…」

キスを終え、先ほどより甘く聞こえるイヌの声に、ヘリはときめきながら、コクリと頷いていた。


こうして、

「恋人としたい33のリスト」を終えたヘリとイヌだったが、この夜、二人のデートはまだまだ続くのだった。


(終わり)



ようやく「恋人としたい33のリスト2」完結です!
短編なのに、長い年月かけてます。大変お待たせしました(忘れられてる?)
2話なんて、ガラケーで書いていたものですし。

このイメージイラストはこちら
裏箱ちっくな絵なので、ご覧になる時は周囲の視線にご注意ください!

この時点での当初のプロットでは、ラブホテルで二人は途中まで“して”いた話でした。
なので、イラストもセクシーな感じで。←表現やわらかく!
でも次の話が「プールへいこう」だったので、数年前からプロットでその部分をカットしてます。
ヘリの少女時代からの夢「恋人としたい33のリスト」をイヌと達成しながら、出会った頃の二人が一緒にデートしているみたい…という純愛話でした♪

もう、二次小説の話を忘れちゃったよ。という方も、リアルで年とりましたが、検事プリンセス好きは変わりませんよ。という方も、記事が気にいって頂けたら、拍手ボタンか、ランキングボタンを押してお知らせください♪

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テーマ:二次創作:小説 - ジャンル:小説・文学

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